前髪をあげて。

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 海辺に目を向ける。海を始めとした風景は綺麗に撮れる。でも、人物写真と風景写真は違う。ライティングや角度、設定などが大きく関わる。いい具合に設定してくれるモードはあるけど、ぼくはぼくの手で彼女を撮りたかった。でも、こだわった結果がこれだ。彼女の意思を無視して、試行錯誤したのが失敗だった。ぼくは彼女の恋人にもカメラマンにも、なれなかったのだ。  待ちぼうけの犬は飼い主の困り果てた様子を察したのか、それとも飽きたのか。女の子を引っ張り始め、海に向かって歩いていった。ずいぶん自由なやつだな、お前は。 「マリ。先輩がまだ話してる」  その通りである。友人には「爆ぜろ!」と煙たがれ、誰にも弱音を吐けないぼく。溜めに溜めたせいか、口からは呪詛のように愚痴が出てくる。目があったので犬に向かって念を送るも、そっぽを向かれてしまった。 「ちょっと待って。おすわり!」  素直にその場に座る犬。女の子はポーチから犬用のおやつを取り出し、犬にあげようとしている。  海とゴールデンレトリバーと女の子。突然、頭の中に「シャッターチャンス!」という文字が浮かんだ。カメラの電源をつけて、急いでオートモードに設定する。犬と彼女になんとかピントを合わせ、シャッターを切る。かしゃり、と軽い音が手の中で鳴った。  モニターにはおやつを待ちきれず、女の子に飛びつこうとするゴールデンレトリバーの姿が映っていた。綺麗などころが金色の生き物が荒ぶる、ぶれぶれの写真になってしまった。その様子をもう数枚撮る。 「えっ、撮りました?」  彼女は大げさなくらい驚いていた。 「撮ったよーーっ」  知らない人が見たらよく分からない()が多いが、楽しそうな女の子と犬が撮れたのでぼくは満足だった。まだまだ、撮っていたいな。でも夕方のチャイムが聞こえてきた。 「あのさーーっ! 頼みがあるんだけどーー!」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加