前髪をあげて。

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 自分の顔に、自信がなかった。  高校生の兄はひどいやつで、昔からあたしのことをブスだのなんだの言ってくる。すっかり自信をなくしたあたしは、前髪で目を隠すようになった。美容院でバッサリ切られるのが怖くて、自分で切ってしまうほどだ。  鏡は自分のフィルターがかかっているという。だからまともに見える。インターネットで知って、ますます自信がしぼんでいった。スマートフォンは勝手に加工してくれるし、プリクラだってそうだ。スーパーにある証明写真は高いし、誰かに見られたら恥ずかしい。  他人に撮ってもらった方がいいと考えた。そしたら、本当の顔がわかるかもしれない。でも、自撮りはいまいち。友達に写してもらうのはもっと恥ずかしい。誰か、プロのカメラマンに撮ってもらうのがいいんだろうな。  お母さんに頼んでみたけどダメだと言われた。SNSで知らない人……は、さすがに怖い。そんな時、学校のカメラ先輩を思い出した。  カメラ先輩というあだ名の先輩は、とても明るくて、図書委員でいつも本を撮っている先輩。校内では学校の古いカメラを使っているが、自分専用の高いカメラを持っていると聞いたことがある。頼もうにも、あたしと先輩には接点がなかった。  撮ってもらうなら、やっぱいいカメラがいいな。モデルではなく、被写体。先輩の被写体になりたいな。  前髪が伸びてきた。切るよりあげた方が楽だ。お兄ちゃんの前では絶対しないけど。そのお兄ちゃんは帰宅部のくせに帰りが遅くて、今日の犬の散歩はあたしがすることになってしまった。マリは大きいから一人だと不安だ。誰にも見つからないこととリードを離さないように気をつけていたが、マリに引っ張られ、つい離してしまった。そしたら、先輩に出会った。 『明日のこの時間、ここに集合ね! 犬も一緒に! 犬だけ? ううん、キミも撮るよ。だって可愛く撮れただろ?』  カメラで撮ったものを見せながら、笑顔でさらっと。あんなことを平気で言うから、先輩はモテるのだ。可愛いのはマリであってあたしではない。あんなのお世辞に決まってる。けど、どうしよう。あたしのことが知られてしまった。なぜだかわかんないけど、顔が熱い。明日はいつもどおり……前髪を下げた顔で登校すれば、バレないはずだ。  バレない、はず……。  翌朝。いつも通りブスって言おうとしたお兄ちゃんを無視して、あたしは登校した。おでこには冷たい風が当たって、寒かったけど、なんだか新鮮な気分だった。
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