対馬の浮島

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それぞれの戦い   杜の禽獣が、一斉に呼応した。烏は群れ、鹿は駆け、熊は巨木を揺すった。土地は吠え、樹木はしなり、灌木は、突風で、なぎ倒された。烏が、弓矢のごとく、虚空から外人めがけ、襲来する。参道を、転げるように、駆け下りながら、剣士は、対馬の頭領が、西東浮島政略の、門出を祝って発した文言を、繰り返し、思いだしていた。   …羽の巫女は、物の怪を操る妖怪なり、妖怪は妖怪にして、生き物にあらず、しこうして、妖怪が、生き物の心を知らぬは、唯一の弱点なり…。    なるほど、とおもった。巫女が、オレを殺す妖術を、烏にかけた瞬間から、烏は烏にあらず、妖怪となる、しこうして、生き物ではない妖怪は、烏の飛び方を知らぬ飛び道具と化す、曲がれない、舞い上がれない、自由奔放に羽ばたけない、ただただ飛んで消える、弓矢のごとき飛び道具に、すぎなくなる…。 「ウヌ、術は解けたぞ!」   剣士は、後ろから駆け下る船頭に、叫んだ。 「転がれ、転がれ、立って走るな!」 「なぜじゃ! ワシゃ、転がり方を、知らんのじゃ!」 「愚か者め、黙って寝ころべ、寝ころんで、そのままグルグル回れ、回りながら、麓まで降りよ、烏は弓矢だ、真っすぐにしか、飛べんのだ!」  杉の巨木に、転がり落ちた。剣士は、すぐさま、十文字の印を切った。二本の孼は、たちまち、長尺の剣に戻った。剣士が船頭に、その一本を、投げ与えた。 「ワシゃ、使い方、知らんのじゃ」 「えい、ウヌは、なにも、知らんヤツだ、こう、両手で握りしめて、後は、かってに、振り回せ!」  いう間にも、ビュウ、ビュンと、烏の群が襲ってくる。剣士も船頭も、麓の深い茂みまで、襲い掛かる烏の群を、右に左に、上に下に、青銅の長い剣で薙ぎ倒し続けた…。
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