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日暮れ間近の船着き場は、閑散としていた。三日市は終わった。無理もない。
剣士も船頭も、よれよれに疲れていた。握る力は萎え、血の滴る剣を引きずり、よろよろと、船まで歩いてきた。
剣士が船首に足を掛けたとき、いきなり駆け寄った船頭に蹴とばされ、もんどりうって、桟橋に倒れた。
剣士は、虚を突かれ、おもわず、叫んだ。
「ウヌ、呆けたか!」
「呆けは、そっちじゃ」
船頭は、劔を立て、剣士の挙動を見張りながら、いった。
「ヌシゃ、猫目の民じゃ、対馬の人じゃ、対馬の頭領が、なにを企んどるか、ヌシも、よう知っておろうが」
「なんのことだ?」
「ワシゃ、分かったぞ、拝殿の床下で、羽の民をよう知っておるヌシをみて、猫目の刺客にまちがいない、とな」
「ならば、なぜ逃げぬ、なぜ追いてきた?」
「ワシゃ、船頭じゃ、なんぴとも、殺めるようなことは、せん」
「そうかな、そう誓えるかな、ウヌらの島は、風前の灯ぞ」
「なにを、愚かなことを」
「結繩の契り、目の前で見たろうが、あれだけのものが、月に一度、己が記憶を、羽の民に、売り渡しとるのだ、ウヌは、それがなぜだか、わからんのか」
「なぜじゃ」
「羽の巫女は妖術使いだ、物の怪を、自由に操れるとおもうておる、しかし、さっきも、その目で、見たろうが、烏の心さえ、掴めんのだ」
「ワシらと烏を、一緒にするな」
「呆けたことを、烏はな、己が記憶を売り渡す、愚か者ではないわい、ゆえに、巫女の自由には、ならんのだ」
船頭は、戦士の言を、ようやく、呑み込んだようだった。
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