対馬の浮島

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「それなら、ますます、ヌシを乗せるわけに、いかんわな、ここにいて、羽の民の巫女を、退治してもらわんと、いかんからな」 「都合のいい、たわごとを!」  剣を構え、船に乗り込もうとしたとき、没しかけた日輪が、一層の輝きを放ち、海原のむこうから、不思議な声が、聞こえてきた。 「猫目の民よ、汝はなにが欲しいのだ、東の民よ、汝はなにが欲しいのだ、杜の巫女よ、汝はなにが欲しいのだ?」。  地の底から響き渡る、日輪の問いだった。雷光に撃たれたように、東の船頭が、答えた。 「ワシは、東の浮島を護りたい、ただ、それだけじゃ、東の防人に、なりたいのじゃ!」  次に戦士が答えようとしたが、日輪が遮り、巫女に、呼びかけた。 「羽の民の巫女よ、聞いておるのか、汝は、なにが欲しいのだ?」  しばしの静寂の後、巫女の耳をつんざく嬌声が、杜一杯に響き渡った。 「ワレは、東も対馬も、欲しいのじゃ、西を治め、東を従え、対馬を睥睨する、大海原の支配者に、なりたいのじゃ!」  満も辞して、猫目の剣士が立ち上がり、精魂込めて、訴えた。 「オレは猫目の民、日輪の光を、己が目の奥から、世に送り返す術がある、天から授かったこの才を、世のため人のために、使いたい、日輪よ、オレに光の律をくれ、さすれば、その律に遵って、世の平安を仕切りたい、オレは、あなたの、光の律に、なりたいのだ!」  猫目の剣士も、船頭も、羽民の巫女も、日輪がなにを言うか、待った。いつまでも、待った。日が暮れ、夜が明け、また日が暮れた。剣士も、船頭も、巫女も、日輪の答えを待ち続けた。なにもしないまま、なにもできないまま、じっと…。  その後、三者が、どうしたか、どうなったか、だれも知らない。ただ浮島は、いつものように回遊し、対馬は、豊穣な糧を、変わらず手に入れていると、ひとは、いまに、伝えている…。(完)
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