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腰に巻いた縄紐から、結び目のついた細縄が、何本も下がっている。
「あれは、なんだ、なにかのしるしか?」
「ヌシゃ、知りたかろうな…」
櫓漕ぎの手を止めようともせず、船頭は、すれ違う渡し船を眺めながら、結繩の由来について、話し始めた。
船頭の述懐
ワシは、東の浮島の生まれじゃが、小さいころ、あの手の結繩は、まだ見かけんかった、それが、どうじゃ、いまは、村という村、浜という浜、山という山、どこにいっても、あの結び目が、目に入る、なにがどうだと、いうわけではない、ただ得体が知れんのじゃ、気味のわるい結び目なのじゃ、しかし、そんなこと意に介せん、というひとがおってな、ほら、たったいま、西から東に、渡っていったのも、その類じゃて、あの島で、なにをした? なにがあった? なんで、あんなに、楽しそうなのじゃ?…新月が巡るたびに、ワシは、おなじ問いをくりかえすんじゃが、いまだに、答えは出てこんのう、なさけないことじゃて、哀れにおもうてくだされ、旅の人…。
旅人の述懐
「ウヌは、近すぎるのだ」
船頭の話を聞き終えた旅人が、いった。
「ウヌの目には、村と浜と山の結繩が、別々に見えておる、ウヌは、それらと、あまりに近くにいるので、一度に、全部が、見えんのだ」
「ヌシの目には、全部が見えると?」
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