1人が本棚に入れています
本棚に追加
短尺の剣を抜くと、その諸刃の一部を、船頭の首にピタリとあてた。
「ウヌの首も、ヤワそうじゃな、ほれ、ひと突き、じゃ」
「アワワワワッ、お、お、お許しを、お許しを!…」
船頭は、劔の先から逃れると、一目散で船に飛び乗った。
「行きますじゃ、行きますじゃ、どこへなりと、行きますじゃ」
こうして二人は、夜明け間近の海原を、だれに咎められることもなく、西の浮島へと渡っていった。
西の渡しから、まだ人気のない繁華街を抜け、鉢伏山の麓に差し掛かったとき、ようやく、日の出を迎えた。禽獣の気配は去り、眩しい日輪の輝きとともに、いましがた通り抜けてきた山里の村々から、朝餉の音が伝わってきた。西の浮島の、次の新月への回遊が、また新たに、始まったのだ。
深々とした茂みを分けて、山への登り口を探していると、人の踏み跡であろう、細い道が一つ、山間の緩い斜面に沿って、登っていくのが見えた。入口に、朱色の太い柱が二本、向かい合わせに立ててある。それぞれに、一文が彫りこまれていた。
船頭が、まず一本目を、読み解いた。
「ここより聖域なり、礼を尽くして入るべし、と彫ってあるな」
「ウム、こっちには…」
二本目は、猫目の剣士が、読み解いた。
「結繩の契りなく退出すること、これ能わず、とあるな」
道が参道であることが、明らかになった。
「お参りして、契りを交わさんと、出られんのじゃな、ワシゃ、イヤじゃ、ワシゃ帰る、西との付合いも、ここまでじゃ、ヌシとの付合いも、ここまでじゃ」
「ウヌも、往生際のわるいヤツ、さ、行け、首と胴が離れんうちに、オレの前を、歩いて行け」
「ヒッ…」
嫌がる船頭を追い立て、参道を登った。半時も過ぎ、木々の茂みが薄くなりかけたころ、杉の巨木がたち現れた。
最初のコメントを投稿しよう!