対馬の浮島

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 短尺の剣を抜くと、その諸刃の一部を、船頭の首にピタリとあてた。 「ウヌの首も、ヤワそうじゃな、ほれ、ひと突き、じゃ」 「アワワワワッ、お、お、お許しを、お許しを!…」  船頭は、劔の先から逃れると、一目散で船に飛び乗った。 「行きますじゃ、行きますじゃ、どこへなりと、行きますじゃ」  こうして二人は、夜明け間近の海原を、だれに咎められることもなく、西の浮島へと渡っていった。  西の渡しから、まだ人気のない繁華街を抜け、鉢伏山の麓に差し掛かったとき、ようやく、日の出を迎えた。禽獣の気配は去り、眩しい日輪の輝きとともに、いましがた通り抜けてきた山里の村々から、朝餉の音が伝わってきた。西の浮島の、次の新月への回遊が、また新たに、始まったのだ。  深々とした茂みを分けて、山への登り口を探していると、人の踏み跡であろう、細い道が一つ、山間の緩い斜面に沿って、登っていくのが見えた。入口に、朱色の太い柱が二本、向かい合わせに立ててある。それぞれに、一文が彫りこまれていた。  船頭が、まず一本目を、読み解いた。 「ここより聖域なり、礼を尽くして入るべし、と彫ってあるな」 「ウム、こっちには…」  二本目は、猫目の剣士が、読み解いた。 「結繩の契りなく退出すること、これ能わず、とあるな」  道が参道であることが、明らかになった。 「お参りして、契りを交わさんと、出られんのじゃな、ワシゃ、イヤじゃ、ワシゃ帰る、西との付合いも、ここまでじゃ、ヌシとの付合いも、ここまでじゃ」 「ウヌも、往生際のわるいヤツ、さ、行け、首と胴が離れんうちに、オレの前を、歩いて行け」 「ヒッ…」  嫌がる船頭を追い立て、参道を登った。半時も過ぎ、木々の茂みが薄くなりかけたころ、杉の巨木がたち現れた。
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