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「見事なものだ」
剣士は、やおら背の長尺を二本、抜き放ち、巨木の根元に突きさした。
「ヤッ!」
両手首を組み合わせ、十文字の印を切る。すると、劔はたちまち孼(ひこばえ)に変身し、巨木の根元に収まった。
「なんの、呪文じゃ?」
船頭が訊いた。
「宵待ち草」
剣士が答えた。
「長尺は、山では扱いにくい、帰る時まで、待ってもらうのだ」
巨木を後に、半時も登ったころ、はるか前方の、灌木の木々の上に、巨大なやぐらを組んだ藁ぶき屋根の拝殿が、浮かびあがった。麓の方から鈴の音と、ひとのざわめきが、聞こえてくる。参拝客に、聖域が開かれたのだ。
参拝客に紛れ、船頭も剣士も、登った。しかし、拝殿に上がるまえに、姿を消さなければならない。一旦、巫女と結繩の契りを交わせば、二度と、もとの自分には戻れない。
拝殿は、高床式だった。床までは、ひと一人、優に立って歩ける高さはあった。床下には、いくつも木組みが造られ、所狭しと藁が干してある。これだけ潤沢な貯えがあれば、どれだけ参拝客が来ようとも、結繩の材料に、こと欠くことはなかろう。
船頭と剣士は、何食わぬ顔でしゃがみ込み、人の足間を縫って、床下の藁のなかにもぐりこみ、そっと、身を隠した。
民の祈願と巫女の呪詛
祈願の祈りが始まった。民は、常に、豊漁、豊作、豊穣、そして世の安泰を願う。その祈りは切実で、なにものにも代えがたい。
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