茜の願い

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茜の願い

 私には二人の上司がいる。その二人は真逆の性格をしている。だから二人の間に挟まれたときは、イソップ寓話の「北風と太陽」状態になる。北風は佐々木部長、太陽は三ツ池部長。どちらが先に私の心のコートを脱がせて味方につけるか、そんな対決をしているように感じる。  三ツ池部長は、本当に暖かくて愛情深い人。私をいつも褒めてくれて、温かい気持ちにさせてくれる。管理職にさせたいとまで言ってくれる。ただ褒められすぎると、天邪鬼(あまのじゃく)な私は「本当はそんなこと思ってないくせに…」とも思ってしまう。実際、この会社は女性の管理職を増やさなければならないことは立場上把握している。だから、部長は私をやる気にさせて女性管理職人員として補填したいのだろう。三ツ池部長は太陽のように明るくみんなを照らしてくれるけれど、わざと眩しくしすぎているせいか、その本心を見たことはない。それとも、本当に本心まで太陽の人なのだろうか。  一方、佐々木部長は包み隠さずズバッと言う。まさに北風のごとく場の空気を冷たくするが、吹き終わった風の行方を詮索しなくて済むから楽だ。きっとそれが本心だと分かるからだ。この間の面談では「人事のプロフェッショナルになりたいのであれば、もっと人事関連の知識がないと通用しない」と言われた。勉強を趣味としている佐々木部長にとって、あまり本を読まない私という存在は理解不能なのだと思う。  二人には口が裂けても言えないが、私は別に向上心なんてない。自分の与えられた役割範囲内で頑張るだけ。なぜならば、与えられた役割に対してのお給料をもらっているから。別に人材教育がやりたくてやっているわけではない。三ツ池部長に「あなたに任せたい」と言われたから、自分なりに頑張っている。佐々木部長が会議で冷たい空気にさせても、私の立場として会議を進める必要があるから、とりあえず何かしら回答をする。私は必要に迫られてやっているだけで、何かになりたいというわけじゃない。  なんなら、私は働きたくない。なぜ、人はすぐ誰かをにさせたがるのだろうか?管理職にさせたいとか、プロフェッショナルになりたいのならばこうすべきとか。それって仕事をしていることが前提にくる話ですよね。私はそうはなりたくない。二人のようになりたくないのだ。仕事で成果を出すために自分の本心を光で隠したり、空気を冷たくしなければ組織を導けない人間にはなりたくない。だから、時々思う。「二人の上司は誰を見ているのだろうか?」と。  私は、稼いでくれる旦那の扶養になって、子育てしながらゆっくり映画を見たい。究極を言えば、宝くじで10億円当てて家族と悠々自適に暮らしたい。自分のいいも悪いも包み隠さず、「鈴木茜」として暮らしたい。  それらを一言でまとめるならば、私はただ、幸せになりたい。それだけ。
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