私と殺し屋少女のシアワセのみつけかた

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殺し屋を飼う、外に出る 「……いい加減にしてよ、私はあんたの仕事は継がない。いまどき世襲で会社を引き継ぐなんて時代錯誤だってわからないの?」  目の前の憎たらしい背中に向かって、そう吠えた。  ただその歩みは止まることはなくて、くっくっくと抑えたような嗤いが聞こえてくるだけだった。ああ、腹立つ。思わず舌打ちが漏れてしまう。  「私がそんな下らない慣習で意思を決定してるとでも? 私がお前を後継者に選んだのは、単純にお前が一番、私が知る中で才能があったからですよ」  嘲るような、せせら笑うような、そんな声が眼前の背中から漏れてくる。このくそばばあ、相変わらず私の言うことなんて聞きやしない。  「………………才能って……金儲けの才能?」  私がそう言うと、憎らしい背中のやつは余計に狂しいとでもいう様に、渇いた嗤いを私に投げつけてきた。  「違いますよ。そんなものは、あなたの持っているものの一かけらにすぎません。あなたのは、そう――」  そこではじめて、憎たらしい、くそばばあの顔が私に向けられた。しわがれて、醜く老いて、それでもなお、瞳には爛々と何かが輝いている。そんな気味の悪い顔だった。  「―――『他人を使う才能』とでもいうのでしょう。駒みたいに、生きた人間を盤の上から効果的に、合理的に使()()()()才能ですよ」  その眼をじっと睨み返す。だけど、どんよりとした眼をした老婆は、睨むような私をせせら笑いながら、表情一つ変えはしない。  ふざけんな、そんな才能、こっちから願い下げだ。そう跳ねのけてやりたかった。  ただ、吐き出す言葉が、諦めにも似た何かに阻まれる。だって、どうせこのばばあ、私が何を言っても聞きやしない、憎まれ口も嘲笑で返されて終わりなんだ。  ああ、わかってる。このばばあは、こうやって私の克己心を煽ることすら計算の内なんだから。  幾ら言葉を並べ立てても届かない、そのせせら笑いは崩せない。  『意見があるなら行動で示せ』がこいつのルールで、行動のない言葉にはただ嘲笑いを返すだけ。  だから、腹が立つけど、こいつには行動で示さないとわからない。  だけれど、ひとたび行動してしまえば、それこそこいつの掌の上だ。私がこいつに頼らなくても生きていけることを示すために、小さな会社を立ち上げた時のばばあの顔と言ったら今でも忘れられそうにない。  『ほら、私の言った通り、お前には才能があったでしょう?』  そう言外に告げるかのように、呼び出された先で、知らせてもいない私の会社の決算報告書を、ニヤニヤと眺めていやがった。  行動しなければ、このばばあは私のことを意に介さない。  でも一たび行動してしまえば、全てこのばばあの言われた通りになってしまう。  今だって、本当はついてきたくもない裏稼業の後始末の見学に、こうして連れてこられているわけだし。  苛立ちに頭が熱くなるのを感じながら、一度深く息を吸って、私はピタリと足を止めた。  数歩ほど歩いて、ようやく気付いたばばあが、こちらを振りかえる。  「どうしました? 何か気になるものでも?」  そう尋ねてくるけれど、その言葉を無視して、私はとある部屋のドアを開け放った。  『しつけ部屋』と書かれた部屋だった。  ドアを開けた先は、真四角なコンクリートだけの部屋だ。暗くて湿気ていて、どことなく何かが腐った匂いがする。部屋のコンクリートのあちこちが何かで削られていて、電灯もなく窓も何もない閉め切られた部屋。  開いた中は薄暗くて、廊下からの光でどうにか様子が窺える程度。  それでもその部屋の中には何かがいた。  かすりと何かが擦れる音がする。固い何かが。  私はスマホでライトを付けて、部屋の中の廊下からの光が見えない部分をそっと照らす。少し遅れて、ばばあの御付きの人が何人か、慌てて部屋に入ってきた。  「お嬢様、危険です。ここには、この施設の子飼いの殺し屋がまだ入ってまして……」  そう言って肩を掴まれたから、軽く身を避けて払っておいた。  「―――うん、知ってる」  私がそう返すと、後ろの御付きがはあ?と言葉を漏らすけど、それも無視して私はライトで部屋の中を照らす。そして、その先に目当てのものを見つけて、よしよしと頬を緩ませた。さっすが、うちの情報屋、それなりにお金を払った甲斐はある。  ライトが照らした先にいたのは、膝を抱えた小柄な少女。見た目は九歳か十歳程、まだ成長期も来てないだろう、そんなちっぽけな姿。髪はどこかくすんだ黒色で、瞳も真っ黒、こちらに気付くと、どことなく胡乱な眼でライトで照らす私を見返してくる。  死んだような瞳をした少女だった。意思の欠片なんて何処にもないような、この世の中の全部がまるでくだらないとでもいうような眼をしてた。  そんな少女が私を見る。  胡乱な瞳で、私を見つめる。  見知らぬ相手が突然現れたと言うのに、警戒も、嫌悪も何もない。  無関心、って感じの眼で、私を見てる。  壁には鎖で手錠が繋がれていて、その手錠が片手と片足に一つずつついている。  うわあ、こいつは酷い。それじゃあまともにトイレも出来ないでしょ。妙に腐った匂いがするのは、もしかするとそういうことか。  「はろー、殺し屋さん。名前はある?」  そう尋ねてみるけれど、虚ろな瞳は何も語らない。ただ焦点は合っていて、私のことは見ているから、興味あるもの……と想いたいけど。でも反応がないのは困るなあと苦笑いをしていたら、背後で人の動く音がした。  「『命令』です。その子の質問に答えなさい」  私が振り向く前に、後ろからそう、冷たく、人の感情など何も乗っていないような、そんな声がした。案の定、くそばばあの声だ。  ただ、それがトリガーになったらしく。その声に反応して、少女はどこか胡乱な瞳のまま、私に向かって口を開いた。  「識別番号323、コードネーム『ハエトリグモ』」  抑揚のない、平坦なコンクリートみたいな声だった。  「なるほど。それが君の識別コードね。……で、名前は?」  私がそう問うと、虚ろで平坦な瞳に少しだけ迷いにも似た色が見えた。なんとなく、理由は察しが付くけれど。  「……さては、名前がない?」  私の言葉に少女は黙ってうなずいた。  「そう、じゃあ勝手に私が呼ぶことにするよ。そうだなあ―――」  少しだけくそばばあを振り返った。相変わらず、ばばあは特に表情をかえることもなく私を見降ろしている。その様が、まあ腹だしかったけど、今だけは少しだけ気にならなかった。  何せちょっと、今から鼻を明かしてやるのである。  行動はする。ただ、このばばあの掌の上からは、さっさと抜け出してやるのだ。  改めて少女に向き直る、とびっきりの笑顔を添えて。  「『みつき』。うん、それがいい、君は今から、みつきだ」  少女は訳も分からないまま、ぼんやりと私を見上げている。言葉の意味を理解していないのか、自分の名前という概念が、そもそもよくわかっていないのか。  「というわけで、私、この子貰ってくから」  そんな少女を置いて、私はそう、くそばばあに吐き捨てた。  対するばばあは、相も変わらずどこか面白がるような表情で私を見ているだけだ。  歪み一つすらない顔に、思わず舌打ちをしたくなるけど、ここで動揺を見せたら負けだろうなあ。  しばらくののち、ばばあは御付きに何か言伝をすると、凄惨な笑みで私を見た。  「いいでしょう。持っておいきなさい。後で細かい情報も佐伯に持っていかせます。知ってるでしょうが、『それ』は殺しの人形です。できるだけ上手く使いなさい」  そういって奴は掌を軽く振ると、側近の何人かが動き出した。  …………ちぇ。これでも相変わらず掌の上か。それとも私が掌から出ていくことすら、愉しんでいるのか。  どっちにしろ、ろくでもないことには変わりない。  「識別番号323、上位命令です。今以降、あなたの目の前いるその少女、千歳 羽樹里を第五主人として、第二権限までの命令を聴くこと。理解した場合は復唱なさい」  淀みなく語られる単語の羅列に思わず口角が下がる。上位命令、第五主人、第二権限、どれもかれも想像力を働かせて、どういう意味を持つか、それを形成するまでにこの少女にどれだけの苦痛が与えられたのか。考えるだけで吐き気がする。自分が、たった今、その枠組みに含まれたことも含めて。  「復唱。これより識別番号323はチトセ ハキリを第五主人として、第二権限までの命令を実行します、復唱終わり」  そう私の足元から、さっきまで小声で声を漏らしていただけの少女は、機械の合成音声みたいにはっきりと声を出した。  ただまあ、あんまりうんざりしていても仕方ない。これから色々と忙しくなるのだし、折角の出会いだ、ばばあへの反抗心だけでなすのも面白くない。何事も愉しまなきゃね。  私はもう一度、彼女と眼線を合わせる様に膝を下ろした。浅黒い瞳がどことなく注視するように私を見ている。さっきより焦点があっているように感じるのは、私が第五主人とやらになったからか。  とりあえずまあ、挨拶というのは、何処の国でも相場は決まっている。私はこの子がどの国の子かも知らんけど。  「よろしく、みつき。握手しよっか」  そう言って片手をそっと、君の前に差し出した。  君は相も変わらず平坦な瞳で首を傾げると。  「それは『命令』?」  と聞き返してきた。さっきより会話が成立し始めているのは、まあ気のせいじゃないんだろう。ただまあ、ここで命令しても、なんだか仕方がない気がしてしまう。  「んー、『お願い』かな」  だからそう言葉に出した。背後でばばあのせせら笑いが聞こえているが、気にしない。  ただ私そんな言葉に少女は軽く首を振った。  「『命令』でないなら、実行する義務がない」   そういって、そっと私から視線を逸らした。  背後からばばあの隠しもしない大笑いが響いてくる。人形の使い方がなっていないとでも言いたいのだろう。はん、気になんてしてやるものかよ。  それはそれとして、前途多難だなあこりゃあ。どうしたもんかね、また後で、他のみんなに相談してみようかな。  とまあ、そんなわけでして。  不肖女子高生、千歳 羽樹里。殺し屋を、飼い始めました。  とりあえず当座の目標は、この子をシャワーに入れることかな。くさいったらありゃしない。  手を取って歩いた君の足取りは、どことなく覚束ない、まあそれも仕方ないか。ここにずっと囚われていたのだろうし。  思わず舌を出した私を見て、君は不思議そうに首を傾げてた。 ※  ねえ、みつき。一つ『お願い』があるんだけどさ。―――できたら、できたらでいいからね?  「――――?」  できるだけ、私より長生きして、幸せにね、なってみて。  「幸せ?」  うん、そう幸せ。私より長生きは……簡単だと想うけど。  「…………わからない。長生きも……幸せも。……何をしたら幸せになるの?」  ―――あはは、さあ? そんなの君が決めるんだよ。  そう口に出して、小さな殺し屋さんに笑いかけた。気楽に、軽快に、何気なく。  人生の変化は、ほんの些細な、一見馬鹿らしいところから変えるものだから。  さあさあ、幸せの意味すら知らない君の人生は、これからどうなっていくんだろうね。  どうか、その道行きが、少しでも幸いなものに、なるように―――。  「とりあえず、家に帰って。さっさとシャワーでも浴びよっか」  そう言った私の顔を、君はどこかぼーっと見つめていた。
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