ショパン、ドビュッシー、ラフマニノフ

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「いっ、一郎さん?」 あきらかに、冬子は怯えていた。 ぼくが、にっこりと頷く。 相変わらず、彼女は美しい。 いったい、何才になったのか? とても素敵な年齢の重ね方をしている。 栗色のベリーショートの髪の毛、ほとんど化粧っけがなく、素顔に近い。灰色のタートルネック、茶色い無地のエプロンが、婦人雑誌のモデルみたいに似合っている。 こんなふうに妻と再会できるなんて、なんという奇跡だろう。 「冬子、いくつになったの?」 とぼくは訊ねた。 「よっ、四十三才よ」 と妻がふるえる声で答えた。 ということは、七年ぶりということだ。 七年か……一瞬のようだった。 「ちっとも、きみは変わらないね」 「もう、おばさんよ」 「そんなことない」 「あなたこそ、あのときのままじゃないの」 「ぼくは幽霊だから」 「やっぱり、幽霊?」 「うん、そうだ」 「化けて、でたの?」 「そういうんじゃない」 「どういうの?」 「一時間だけ戻ってきた」 「一時間だけ?」 「許可がでた」 「許可?」 「迷惑だった?」 「まさか。一郎さんだもの」 「珈琲、淹れてくれるかな?」 「分かったわ。特別にブルマンを淹れてあげる」
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