49人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
9.新たな戦いの舞台は松菱百貨店!おしゃれ対決、負けられない!
松菱百貨店にハイヤーが着くと真正面に先日の【カップリング大作戦】の顛末が書かれた看板が目に留まった。
「婦人美源の木之村さんに言わせると、カップリングのはずが人気投票になってしまって、選考が成立しなかったそうよ」
「でも一組はご婚約されたのですね」
「ええ。うちのボールルームでご結納、披露宴とずっとサポートしていくの。もちろんグラビア付きで」
「お二人ともとてもすてき」
大きく引き伸ばした写真は、振り袖姿の若く美しい令嬢とスーツ姿の自信にあふれた紳士。誰もがうらやむ組み合わせだ。
「自分の価値観を絶対譲らない。でも相手にも譲れないものがある。そこをうまく調整できれば案外、うまくいくものよ」
そして長い指先を動かして少し離れたビルの屋上を指差した。
そこには巨大な看板が今、まさにかけられようとしている。
「あれは百合さん?それにお姉さんの緑さん!」
「あの姉妹バトルがインパクトがあったのね。映画監督の目に留まって、お二人とも女優デビューよ」
「みんなすごい!すごいですね!わあっ……大きな看板……みんなが見てる!」
「さあ、次はあなたが勝ち取る番よ」
松菱百貨店はもう閉店時間で、帰る客にマダム聖夜は愛想よく話しかけつつ澪を店の奥の部屋に連れて行った。
そこには4台の最新型ミシンと作業台。そしていろんなサイズのトルソー。
「紹介するわ。4人目の候補者。澪さんよ」
部屋の中にいたのは、ふっくらした愛らしい雰囲気の女性、金髪の青年、澪と同年齢の洋装の少女。
「皆さんは私が日本中、世界中を旅する間に見つけた、すばらしい才能の持ち主。今のままでももちろんそれなりの生活はできるでしょう。でも、それ以上の活躍が約束されたとしたら?」
「もちろん、やりますよ。マダム聖夜」
金髪の青年が力強く言った。
「私から皆を紹介しておきましょう。お互いに競うのだから馴れ合う必要はなくても名前くらいは知っておくこと。そしてよいものはすぐにまねされる、そして安く出回り価値が下がる。しかしトップモードに君臨するには王者としてモードを発信し続ける強さを持たなくては!」
イギリス領インドから来たモーリス、21歳。
神戸から来た、木万里、35歳。
「私は自分で名乗ります。亜矢子、17歳。女工をしていました」
同じ年くらいだと思っていた少女が年上で、しかも母親と同じ名前だと知って澪は親しみを持ったのだが、すぐに打ち消された。
「そちらは澪さんよね。表の看板で名前を見たわ。マダム聖夜、彼女はすでに名前が知れている。ずるくないかしら」
「そうね。ではこうしましょう、みんな公平に競い合う期間の1週間はこちらが用意たアパートに住むこと、家族などとは連絡は取らない、採点のときにはどれが誰の作品か分からないようにする。これでいかがかしら」
みんなはうなずくとそれぞれのミシンに私物を並べ始めた。
ひとり、訳が分からないままの澪をマダム聖夜が手招きした。
「ここが倉庫よ。これだけの売れ残りが焦げ付いてる」
そこには大量の古着が詰め込まれていた。
洋服だけではなく、中華服や毛織物、和服、毛皮。あらゆる、着るものが集まっていた。
「名のあるテーラーは古着には手を出さない。だからこそ、若く野望のある皆さんに、この手垢のついた誰も見向きもしないように、朽ち果てるしかないただのお荷物を再び復活させてほしいの。テーマは『冬の家族』今から夏に向かうけれどモードはすでに冬よ。世界にひとつしかないすばらしい服を作って!」
マダム聖夜のことばに、亜矢子が割り込んだ。
「もちろん1週間は給金が出て、もし勝てたら松菱百貨店に店を持たせてもらえるって条件、守ってくれるんですよね」
「ええ。契約書も用意してるわ」
秘書が一人ずつ契約書を配って、鍵も預けていく。
「私の部屋の鍵……」
亜矢子がつぶやいて鍵を握りしめた。
「私はもう作業に入ります。それから覗かれたくないので衝立を用意してほしいです」
いいでしょう、とマダム聖夜は秘書に指示を出して「私はしばらく店には来ません。困ったことがあれは秘書の立川に尋ねなさい。それからこのことは他言無用と契約書にも書いてあります。ほかの百貨店もスパイを送り込んでいるからくれぐれも慎重にね」
マダム聖夜が出ていくと、それぞれがミシンの具合を確かめている。
澪はミシンを使ったこともなく、おろおろしているとモーリスが話しかけてきた。
「澪さんだよね。すでに有名人だなんてすごいよ」
「ありがとう。でもミシンの使い方を知らなくて」
「教えてあげるよ。簡単だから」
「こんなに親切にしてくれていいの?」
「今、君に親切にしていたら、僕が困ったとき助けてくれるだろ?借りは返してもらう主義だから」
「あっ、そうだね。分かった」
ミシンの使い方を教えてもらい、いきなりこんなことになって混乱しているけれど、あの大量の古着を見たら、いつものわくわくした気持ちが戻ってきている。
「勘がいいな!もうばっちりだ!」
「ありがとうモーリス」
ミシンの構造は簡単で澪でもすぐに使えるようになった。
「馴れ合うなって言われてるくせに」
衝立から出てきた亜矢子がじろっとにらんで通り過ぎて倉庫に入っていった。
そのとたん、がらがら!とものが崩れる音がしてモーリス、澪、木万里は慌てて亜矢子を古着の山から引っ張り出した。
「これで貸し1つ!」
「分かったわよ……それにしてもすごい数ね。ノミとか大丈夫なのかしら」
「確かに少し痒くなってきたかも」
それでもわくわくしてる!
めそめそと泣いてる暇があったら手を動かせばいいわ。
それは母がいつも言っていたこと。
病床でもできることをなにか探して懸命に働いていたのは、そうしないと自分が不安で押し潰されそうだったからだと今なら分かる。
「よーっし!まずはノミ退治からだね!」
最初のコメントを投稿しよう!