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1.大正ガールは弾けてる!
大正。帝都は舶来品に触発された職人が、海外に負けない製品、芸術、文学を生み出そうと逸っていて、たいそうな活気だ。
下町にはそれぞれの分野で同じ系統の職人が町を作り、互いの技術を高めあっていた。
「おじいちゃん!お父さん!おばあちゃん!にいちゃん!ごはんだよ!」
十五才の澪はこの町で育ってきた。
狭い家がひしめくように接近している町、澪の声で隣の家の職人が「はいよ!お昼のドンよりも澪ちゃんのほうが正確だ」と笑い合ってる。
「聞こえてるならさっさと集まる!きょうはみそ汁に一工夫あるんだからね!」
澪の声に集まって来たのは、悉皆屋という着物の手入れをする職人の祖父の源太、色置きという染め直しをする父の雪文、仕立て直しをする祖母の美幸、ことしから見習いを卒業して一人前の悉皆屋となった兄の笹文。
澪は仕立てにも使う長机に、端切れで作った布を載せて、食器を並べた。
その色合いも生地も独特で、祖父がまず目を見張った。
「おい、この端切れは結城紬の蚊絣じゃないか!その隣に金通しとは恐れ入ったね」
祖父のことばを兄がふんっと鼻で笑う。
「澪は格ってものが分かってないんだよ」
「だってすてきだと思うんだから、それでいいじゃないの!格式とかなんとかなんてさ、舶来の品にはないって聞いたよ!海の向こうは自由なんだから!」
「そうだねえ、最近、舶来の絹を羽織の裏にしたいって依頼が来たって聞いたよ。見せてもらったが、まるで仙女の羽衣みたいな薄さでね」
祖母の話を聞いて、澪は立ち上がった。
「それってお仕立ての有紗ちゃんのとこだよね!私、見てくる!」
「おいおい、昼飯はどうするんだ」
後で食べる!と言い残して澪は駆け出した。
舶来の天女の羽衣みたいな生地ってどんなのだろう。
わくわくしすぎて足がもつれそう!
有紗の家に飛び込むと、「天女の羽衣見せて!」と飛び込み、家の中で仕事をしていた職人がいつものことだと顔も上げずに「そいつは奥で旦那が取りかかっておられる。お貴族様のご依頼だからな」そう教えてくれた。
「ありがとう!」
職人の仕事の邪魔はできないからそっと裏口に回って、奥座敷を覗いていると、後ろからくすくす笑いつつ、親友の有紗がくっついてきた。有紗は勉強が好きで女学校に通ってて博識だ。澪の知りたいことをいつも教えてくれる。
風に乗って絢爛豪華な香りが暗い奥座敷から流れてきた。
こんな香りは嗅いだことがない。
「この金泥に極彩した狩野派みたいな香りはなに?」
「澪はおもしろい表現するね。これは香水だよ。あのレースに染み込んでたんだよ」
「レース?」
「そう。最高級のレースなんだってよ。貴族の倉敷様が洋行するときに奥方に着せたいと仰せなの。でも奥方は洋装がお嫌いで。だから羽織裏にでもって話になってるけど、うまくいかなくて。お父さんも、話を持ってきた万越百貨店の人も困ってるけど、もうあしたが納期なのよ」
「裏がだめなら、表にしたらいいのに!」
ぱっと澪は走り出して奥座敷でうんうんとうなっていた彼らに、「その生地で羽織を作ってみたらどうかな!」驚く彼らをよそめに、澪はレースを肩にそっと掛けた。
繊細な生地の下で、ふだん着のお召しがかすかに光を放つ。
「こうしたら着物が隠れなくてすてき……!」
ほうっとため息をついたのは、万越百貨店の番頭だった。
「なるほど、それなら洋行していても和装だからと侮られず、奥さまのお美しさを際立たせること間違いない。では至急で仕立ててほしい」
「うちの職人ではこの生地を仕立てるのは難しかろう。なにせ、しくじりも許されないし柄あわせの繊細さも必要だ」
「それなら、うちに頼んでください!」
澪は胸を張った。
「私ならやれます!やってみたいんです!」
美しいレースをそっと撫でた。
この一針にどんな思いが込められたんだろう。
柔らかな素材を撫でていると、人々の息づかいが聞こえてくる。この瞬間が大好きだ。
「私ならもっとすてきにできます!」
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