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帝都シュタイゲン、そこは低俗な看板も、目を刺すようなネオンライトも存在しない。白と黒、シンプルな色の建物以外そこには建てられないように決められている。だから尚更街を歩く彼らがイケすかない人間に見えるのだ。
「どうかな僕の服。」
後部座席で無言のまま気まずさをやり過ごす男に、フェルトマイアー・GFは呑気に助手席で足を伸ばす。
「…いいと思います。」
ノエル好みの派手だが品のある黒と金のネクタイ、触っただけで上質とわかる素材。しかしだからと言ってサイズも丈もぴったりというのは不気味だ。
「ははは、よく似合っているよ。さすが僕の見込んだ男だ」
「……」
今朝、ノエルの自宅のインターフォンが鳴らされた。確かにノエルは仕事だったが、出勤時間の三時間も前だ。出てみるとフェルトマイアーとローレン・クロウリーが『仕事だ。』と準備もままならないノエルとまだ眠っていたウィルソンを叩き起こしてスキープカーに押し込んだのだ。
それから二手に分かれ、ノエルはフェルトマイアーと無人タクシーに乗っている。
「課長、…計画書に目を通しましたが…」
現在二人が向かっているのは帝都オークション会場だ。行われるのはチャリティーオークションで、落札額全額を貧困で苦しむ遠い国の支援金として援助する慈善活動を名目としている。そして何より他と差別化しているのは、出品されるのは生身の人間であるということ、正確には『出品された人間の一日』だ。美男美女と一夜を過ごせる権利を買うことになる。ノエルとしてはどんな美男美女だろうと目もくれぬ自信があるが。
「うん?わからない事があった?簡潔に言うと慈善活動と称して過激派組織に金を横流ししている政治家を特定し、その証拠を集めるという―」
「それは確認してあります」
データベースに送られてきた計画書はフェルトマイアーの言った通りの内容だ。だがノエルが知りたいのはそんなことではない。
「ああ、わかった!どうしてウィルソン君をクロウリー捜査官に預けたか気になっているんでしょう」
ノエルは静かに頷いて、表情はそのままに目線だけ俯かせる。
不死身の男としてウィリアム・ウィルソンは様々な組織にとって利用価値のある存在だ。現に過激派組織の王国打倒委員会に目を付けられている。更にその他も不死身の存在を認知し始めているのだ。
(俺が任務遂行中は彼女がウィルソンの護衛兼子守りという事か…)
ノエルが隠したかった存在。それを道具としか見ていない連中が奪い合うなど、考えただけで気が狂いそうである。
「なあに、君から取り上げようなんて気は無いよ。またすぐに会える。」
「…」
「君は任務に集中してほしい。」
フェルトマイアーは目尻のシワを深くして、見えてきた巨大な白い建造物『帝国オークション会場』の裏手に回るよう無人タクシーを操作し、駐車スペースに停車させた。
(…さて、行くか)とノエルが車から降りようとすると、フェルトマイアーは思い出したように引き止めた。
「あ!言い忘れてた!今回君は参加者じゃなくて商品として出てもらうから。」
「……はい?」
ノエルがオークションの商品として出品される、男はそんな重要な事を計画書に書くわけでもなく、今の今まで忘れていたのだ。それとも敢えて口にしなかったのか。
「俺はてっきり参加者かと…」
「いやぁ、僕としたことがうっかりしていたよ。」
フェルトマイアーは小さな番号札をノエルに手渡した。そこには『17』と書いてある。
「これを受付に出しなさい。今回の本当の目的は"炙り出し"だ。…ここまで言ったら理解できるね?あとは君の判断に任せるよ」
なんという投げやりな計画だ、買う方と買われる方では意識の持ちようが違う。ノエルの頭の中では時々落札しないよう入札して、金の流れを探るつもりだったが脳内シュミレーションを一からやり直す必要がある。
しかし今更やらないわけにはいかないだろう。半ば諦めたようにノエルは服のシワを伸ばして会場の正面玄関にトコトコと向かっていった。
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