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悪夢の再現
雲一つ泳いでいない空はその心の代弁者にはなり得ないだろう。
『度重なる苦悩を乗り越え、ついに手に入れた英雄賞、まさに平和の象徴にどう思われますか?』
レッドカーペットの先、四カラットのダイヤモンドを中心に飾られたトロフィーに一体どれ程の価値があるのか。
『とても光栄に思います。これで僕の祖国も救われる』
にっこりと微笑み称える英雄に会場は拍手喝采である。純白のタキシードは赤によく映え、清らかさを演出するには丁度いいものだ。
『祖国、…帝国民になにか伝えたいことはありますか?』
アナウンサーの質問に、誰が無神経だと訴えるのだろうか。恐らくそこに集まる人間には理解しえないものである。
捻じ曲げられた事実。それを正しく知る者はもう皆死んでしまったというのに理解しろという方が無理難題だ。
家族も友人も皆死んだ。…自分のために祖国を捨てて一緒に戦ったあいつも。
『正義はどんなに非力でも悪に屈してはならない、という事です。この賞は僕ら帝国民に与えられた正義の証であるのです』
天へと掲げられたトロフィーは、シャッターチャンスを敢えて与える。
その姿に涙ぐむ者も映される事があれば、全世界の同情的な人間は彼を英雄と認めてしまうのか。
だがそこには英雄になれない、なる気など毛頭ない人間もある。
焚かれるフラッシュに瞬きひとつせず、その首を刈り取らんとする血走った目に一本、また一本と血管が浮き上がるのだ。
会場の熱気が、嘘に塗り固められた作り話が、今後何年、何百年と続く。
男はそれがどうも耐えられない。気が狂いそうなほど許せないのだ。
『素晴らしい言葉、ありがとうございます』
そうアナウンサーが質問を切り上げようとした時、男は平和ボケしたガードマンの横をするりと抜けた。
カメラが英雄を映すと同時に、男もその枠に収まる。誰もがその異変には直ぐには気がつけなかった。
悲鳴、悲鳴、悲鳴…平和の祭典は命以外何も持たぬ男に簡単に壊されるのだ。
突き立てた鋭い刃は深くその喉笛を捕え、鮮血が爆ぜるように散らばった。事切れている英雄を守ることの出来なかった彼らは、今更男に向かって何発も何発も銃弾を浴びせる。
体から熱が放出され、力が入らない。もう力を込める必要も頑張る必要もないが、意識だけは最後の最期まで手放したくなかった。
キラキラと思い出が散っていく。温かく優しい思い出が。
英雄に覆い被さるように男は倒れ、その生涯に幕を閉じた。
輝いたのはダイヤモンドのトロフィーか、英雄を死至らしめる刃か。
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