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貴方も、一緒にどうですか
そう言って、妻が差し出してきたのは、細い枝の先にふるふると実を揺らす、桜桃だった。
貴方が、頂いてきたんでしょう さくらんぼう
「え。僕が?」
私は思わず首を傾げた。妻はそれを見て不思議そうな、可笑しそうな表情をする。
ああ、そうか。そうだった。私が、貰ったのだ。ぼうっとして、忘れていた。今日、私が桜桃を、貰って、それを妻に。何を呆けているのだろう。テーブルの上で、パックの中に、ぎゅう、と詰められた赤い実に、なんだか囚われてしまったような、そんな気になっていた。
彼女は指先で桜桃の枝を弄りながら、
頂かないの、貴方
「あ。僕、はいいよ」
そう 美味しそうなのに
妻が気にすることもなく、摘まんだ桜桃を、そのまま口に運んでいく。
細く、光を白く照り返す陶器じみた、無機質な、美しい指先。
瑕疵のない、私の愛する白い指が桜桃の実を、きゅっと摘まむ。
一際赤く色付いた、すり鉢状の窪みから伸びる細い枝を持って。
実が逃げ出そうと抵抗するように、細枝の先で身をよじる。
丸みの先はまだ幼さを残したまま。彼女はその先を、口元へ近づける。
唇が小さな果実を迎え入れるために亀裂して、華奢な歯並びを覗かせる。
蠢くように伸びた舌が、桜桃の実を誘って。
ゆっくりと。ゆっくりと。零れ落ちないように。
くちり
と。枝と実が噛み切られた。丸みを帯びたその感触を堪能するように、彼女はそれを弄ぶ。粘膜の中で、ころり、ころりと。絡みついた舌と唾液がそれを誘導し、歯並びの奥へ奥へと。そして万力でじりじりと潰すように妻は
さくらんぼう。
サクランボウ?
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