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「え」
本堂の中は薄暗く、物語る尼の様子がひどく、若く感じられた。
まるでまだ二十歳にも満たないような、ああ、白菊姫が出家した年の頃も、ちょうどこのくらいだった。
いや、姫の年など私は知らない。
頭がくらくらとして、纏まりのない妄想に囚われそうになる。
そうじゃない。それより、
「円令、ですか」
その名は、今、目の前にいる尼僧の名のはずだ。
彼女が、しわがれた老婆のようにも、うら若い乙女のようにも見える彼女が、
「貴女が、白菊姫なのですか?」
馬鹿な話だ。
ただ戒名が同じだけだ。
しかし、目の前の尼僧は何も応えず、ただ微笑むのみだった。
もはやその笑みに老いの翳りはなく、肌は白く透き通り張りつめて、若々しい生気に満ちていた。
それはあまりに恐ろしく、美しい娘の姿だった。
「貴女は、――――幸せ、だったのですか」
その言葉で、私は目の前の光景を受け入れてしまっていることに気づく。
白菊姫は、潤い膨らんだ唇をゆっくりと離した。内側から規則正しく並んだ小ぶりな歯がかすかにのぞく。
その声は、張り上げているわけでもないのに、よく通った。
「私は、愛しておりました。夫を。そして、父も」
その途端、彼女の頭巾が跳ね上がるように外れた。
纏められていた豊かな白髪がこぼれ、床に広がる。
僧衣がはだけ、白い肌が露わになったかと思うと、まばゆい輝きを放つ。
目が眩むうちに、真っ白な羽毛を持つ巨鳥の姿があった。
呆然とその美しい姿を見上げる私を一瞥し、怪鳥は、やはり微笑みを湛えたような雰囲気で、大きく翼を広げる。
そして、堂の壁も天井も吹き飛ぶ程の羽ばたきで、空へと飛び立っていった。
気が付けば、小高い丘の森の中に、私はひとり取り残されていた。
目の前には、地面と同化した円墳と、その上に『高弓塚』と掘られた石碑。
周囲には、盛りを迎えた紫陽花が万朶の花を咲かせている。競い合うように、いくつもの蝉の声が響き渡っていた。
その中に、かすかに、奇妙な鳥の声が聞こえた気がした。
けっく、けっく、けっく――――と。
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