寺号縁起

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 わざわざお暑いなか、足をお運びいただいて。  ええ、そうでございますね。ぜひお話しさせていただきとうございます。  ええ、とは言いましても、お話しできるような、めずらしいこととなりますと、  当山の縁起くらいでございましょう。  寺号縁起は、『ならのみやこ』にまで遡ります。  時の帝はまだ若く、皇子様のご生誕と、その立太子をお慶びになり、この地で鳥狩を催されたと伝えられます。  かの時代、この地を治める豪族であった高弓という男が、帝の鳥狩に随行いたしました。  高弓は妻に先立たれ、肉親は白菊姫と人にもて囃されていた、娘ひとりだけでございます。  後継のため、高弓は白菊姫に婿をとり、養子として迎えておりました。  名を高麻呂と言い、彼もまた、養父とともに鳥狩へ加わります。  高麻呂は白菊姫を心から愛し、姫もまた、夫を尊敬し、仲睦まじい夫婦であったと言います。  さて、鳥狩が始まり、森へ踏み入り獲物を探していた時です。  高麻呂は、奇妙な声を聞きました。  ――けっく、けっく、けっく  今まで聞いたことのない、不思議な鳴き声です。  まるで人の声のような響きでした。風のざわめき、虫の声に混じって、声は静かに耳を打ちます。  高麻呂は声を追って、森の奥へと、深く踏み込んでいきました。  ――けっく、けっく、けっく  開けた場所にたどり着きますと、ついにそれは姿を現します。  声の主は、怪鳥でございました。  まだら模様の羽に、頭頂は白い毛に覆われ、顔は猿のようにも、嫌らしく笑う人のようにも見えます。怪鳥が、高い木の枝にとまり、じっと、高麻呂を見下ろしていました。  驚いた高麻呂は、すぐに弓を構えます。物珍しい禽獣でございますから、帝に献上すれば喜ばれると思ったのでしょう。  弓の腕に自信のあった高麻呂は、しっかりと狙いを定めます。  射んとせん、その時でございました。  ――父と娘が通じておる  怪鳥が、言葉を発したのです。
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