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――ギィイアァ!
森を震わせるような悲鳴が聞こえました。
高麻呂は悲鳴の聞こえた方、怪鳥を追って矢が向かった先へと草木をかき分けます。
なんということでしょうか。
そこには、胸に矢を受け、すでに事切れた高弓の姿がありました。
岳父の胸に刺さった矢は、確かに高麻呂の放ったものです。
高麻呂の悲哀ははかり知れず、その慟哭がまたも森を揺らします。
高麻呂はすぐさま懐剣を取り出し、自身の首を掻っ切ろうとしました。
それを制止なされたのが、従者と供に何事か起きた森へと急がれた帝でございました。
土に顔をうずめて泣く婿養子に、お尋ねになられます。
高麻呂は怪鳥とやりとり、その一部始終を隠すことなく話しました。
――私は、岳父をこの手で殺めてしまったのです!
そう叫ぶと、高麻呂はまたも自刃試みます。すぐさま帝の指示で従者が止めに入りました。
不幸ではあるが事故である。死穢を清めれば不問とするので、それが命を落とす必要はない、と。
しかし、高麻呂は畏れ多くもお言葉に応えます。
――なりません。なりません。私は、すぐにでも果てるべきでございます
――私は、信じられなかったのです
――物の怪の言に耳を貸し、父と、妻を疑ってしまったのです
――妻も、父も、誰も信じられぬ私に、もはや生きることなどできるでしょうか!
高麻呂の叫びに、皆が静まります。
ただ、帝だけが高麻呂に近づきました。
従者たちが慌ててお止めになるのを制し、帝が高麻呂に語りかけます。
人を信じられぬのなら、仏を信じるが良い、と。
父のために、仏へ祈る道を示されたのです。
高麻呂はこの御言葉に従い、仏の御許を目指すこととなりました。
帝は悲しいこの義父子を思しめし、その魂を鎮めるため、塚と御堂を建立したと伝わります。
これが、当山の縁起となりました。
さて、父と夫に遺された、姫についてもお話いたしましょう。
人づてに事のあらましを聞いた白菊姫は、すぐに住まいの片付けを始めました。
夫が帰依するのであれば、自身もまた、仏の御許に従うのみと。
家は絶えることになるが、自身ひとりが生き永らえたとて――。今まで子を成さなかったことも、この日に消えゆく一族の定めかも。
姫はただ一つ、事を伝えた奉公人に言い残します。
我が一族は今日を限りに滅びます。
ただ、帝のご慈悲で、いずこに名が残ることでしょう。どうか、物の怪の言葉は残さぬよう。
ただ、夫が父を、不慮のために亡くしたことだけを。
こうして姫は出家し、名を『円令』と改めたのです。
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