ひいき

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ひいき

橙色に燃ゆる太陽が、僕の影を鼠色の塀に映し出す。僕は右手を掲げる。それに合わせて右手を上げる影帽子。 〝私は影絵になりたかったんだ〟 あの夏の日を思い出す。熱気篭った部屋で出会ったあの人を思い出す。真っ黒な服を纏った、真っ黒な影に魅了されたあの人を——。 * 僕は小学校教諭をしている。国語の授業中、教科書を立てた生徒たちの顔は、一人一人違う。それは当たり前であるが、一人一人の生徒たちに同じように接しているつもりでいたのに。一人の生徒に言われた言葉。 『先生、綾子ちゃんが可愛いからって、ひいきしないで下さい』 ひいきしているつもりなんてなかった。だから、その言葉は僕にとってショックであった。それから僕は、ひいきについて考えるようになってしまうのだ。 生徒たちの顔を一通りジーッと見回してみる。当たり前だが一人一人容姿も違うし、性格も成績も違う。自然と成績の良い生徒には優しく、成績の悪い生徒には冷たく接していたのか。 それと、可愛い生徒には特別、優しく接してしまっていたのか。 それは自分では分からなかった。 でも、一人がそれをひいきと思っているなら、それは他の生徒も思っていたのかもしれない。それは、教師としてはいけない事である。生徒一人一人には、対等に接しなくてはいけない。教師として働き始めて数年経つが、まさか今更こんな壁にぶち当たる事になろうとは思ってもみなかった。 「はい、今日は影絵劇を見ます。皆さん、視聴覚室へ行きましょう」  「はーい」 生徒たちはハキハキした返事をした後、各自楽しそうな表情を浮かべながら笑っている。 今日は影絵劇が来る日だ。僕も小学生の時に見て以来であるが、真っ黒い影が人形のように動く光景は、幻想的で摩訶不思議で、子供ながらにワクワクした気がする。 暗幕に包まれたモワッとした熱気ある視聴覚。響き渡る子供たちの拍手の中、真っ白いスクリーンに映し出される影絵。 影絵劇が始まる。 僕はここで、不思議な男に出会うのであった。
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