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傷痕
僕は魅了される。
白いスクリーンに、ボンヤリ浮かび上がる影帽子に。
図太い声の語りに合わせて、様々な黒人形が動く。それは生きているかのように、物語の中を自由に渡り歩く。
左から右へ。下から上へ。
形や大きさを自由自在に変えていく。
ジーッと映写機の音が耳の奥に響くが、揺蕩う幻想の世界から目が離せない。子供たちはいつの間にか、身を乗り出して見入っている。懐かしい気持ちに浸っていると、「おしまい」と言う声と共に僕は現実に引き戻された。
夏の熱い空気の中、子供たちのまばらな拍手がパラパラ響くと、ようやく額から滲み出た汗に気付く。
「さぁ、問題です。映し出される影は何でしょう?」
突然出された影絵の問題に、周りがザワザワし出す。スクリーンに映し出されたモノは細長くて、真ん中にくぼんだ節があるようだ。
「腸詰め!」
「僕もそう思う!」
「私も腸詰めだと思う」
みんなは腸詰めだと思っているみたいだが、確かこれって……。僕の頭の中にボンヤリ浮かび上がる記憶。
「あー、惜しかったなぁ。じゃあ、正解を見せてあげよう!」
図太い声が背後から聞こえ、パチリと蛍光灯が灯されると、子供たちに合わせて僕も後ろを振り返る。そこには、真っ黒な頭巾を被った黒子の男がいた。
「暑かっただろう? 正解はチューペットだ。見てくれたお礼だよ。みんなでお食べ」
目元だけ開いた布地から覗いた眼が、弧を描きながら笑う。子供たちは配られたチューペットをパキッと半分に割ると、嬉しそうな表情を浮かべながら頬張った。
蒸された部屋で喉も乾いていたのだろう。子供たちはそれはそれは幸せそうに、チューペットを食べたのだった。
子供たちが教室に戻った後、僕は影絵劇の片付けをするために視聴覚室に残っていた。
「影絵劇、素晴らしかったです。子供たちも喜んでいましたよ。ありがとうございました。片付けお手伝いします」
黒子の男は、両手を頭に触れると頭巾をスッと外す。ボタボタボタリ、滴り落ちる汗の玉の向こう側に、痛々しい刻印を見つける。右頬を斜めに刻む見事な切り傷だ。大きな傷痕。
見た事がある……やっぱりこの人、僕が小さい時に影絵劇を見せてくれた黒子の人だ。この傷が衝撃だったのを、今でも鮮明に覚えているのだから。
「びっくりしただろう? まぁ、こんな傷を持っていたら誰でも驚くだろうな。片付けの前に、少しだけ私の話をしてもいいかな?」
黒子の男はよいしょと丸椅子に腰を掛けると、何もないスクリーンを見つめながら語り出す。
「私は影絵になりたかったんだ」
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