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結局、その日は午後以降の講義がすべてなくなって、充が帰宅したのは普段よりもずっと早い時間になった。
大学から各駅停車で二駅。商店街を抜けた先のマンションの七階にある一室。
オートロックを解錠し、玄関の扉を開ける。
全裸の中年男性がこちらに向かって迫ってきていた。
「うわ」
と、自分でもわざとらしく思えるような、ちいさな驚愕が漏れた。
総白髪で、四十代くらいの細身の人影はまっすぐ充に向かって進み、かわす間もなく、充の体をすり抜けて通過していく。
振り向いたときにはすでにその姿はなく、外に面した廊下の柵から、まだ明るい空と向かいのマンションの屋上が見える。
充は空虚を呆然と見つめながら、自身の心臓がドキドキと高鳴っているのを聞いていた。
家に着くまでの道程で、幽霊に慣れていたと思っていたが、勘違いだったらしい。
大学前の道では白い人影があらゆる場所に発生して、学生たちが作る人の流れを乱す。
地上も空中も無関係に、スマートフォンから目を上げれば否応なく幽霊が目に入る。
線路の上に留まる幽霊を電車が飲み込み、乗客の目の前を高速で通り過ぎる。
街にも駅にも、学校でも電車の中でも、溢れていた。溢れて、ありふれていた。
あまりにも自然に不自然が存在しているせいで、もはや驚くこともない。
そう思っていてなお、全裸の中年男性が突然、自宅から出てくることは、それが人でないことが分かっていようと、少なからぬショックを充に与えたようだった。
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