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「ただいま帰りました」
買い物を終え、帰宅すると珍しく喜美恵がリビングにいた。喜美恵は一瞬だけ笑顔を浮かべた後にすっと真顔になる。この表情は嫌味を言う前に必ず見せる表情だ。
「一華さん、あなた、肌が荒れてるわね。どうするのよ、それで老けて見えて、うちの杉雄がおばさんの嫁をもらったと思われたら。」
「すみません…」
一華はその翌日から、外に出るときは必ず化粧をするようにした。化粧はあまり得意ではなく、少し苦戦していた。それほどの努力をして、杉雄が定時終わりで帰宅する時間に合わせて夕食を作っても杉雄の帰りは遅い。昨日も、一昨日もそうなのだ。ついにその日は喜美恵が寝る時間になっても帰って来なかった。
「…杉雄が帰ってこないのは一華さんのせいね」
「へ?」
「だって、そうじゃない。うちの杉雄に手抜き料理なんか出すし、見た目も少しずつ悪くなるんだもの。そんな嫁が待つ家になんて帰りたくなくて当たり前じゃない。不倫されたって仕方がない状況よ。」
「す、すみません…」
喜美恵は嫌味を言うだけ言ってそそくさと寝室へ向かう。一華もこれだけ言われて気にしていないわけではない。しっかり傷ついているようで、少し目が潤む。今の結婚生活を幸せに思っているわけではないが、家族と十数年連絡を取っておらず、どこに住んでいるかも知らない一華は専業主婦のままこの家を出ることはできない。この日も涙を堪えながら冷めた夕食にラップをかけた。
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