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「はあ⁉私が得体の知れない緑色の巨大な化け物に襲われてるって勘違いした⁉」
結月に問い詰められ、渋々口を開いたあと。
妹の前に、川技と並んで正座した航が事情を話すやいなや、結月は目を丸くして叫んだ。
一応機密事項だからあまり大声では、という川技の制止も気にかけず、ただひたすらにぽかんと口を開けている。
「そそっかしいにも程があるでしょう。だいたい、私が悲鳴を上げて兄さんに電話したのは、二日酔いで頭が回っていなかったからよ」
腰に手を当て、やれやれといった口調で、結月はため息をついた。
「上から水」は、昨夜同僚に付き合わされた飲み会の帰り道に拾った、装填済みの水鉄砲。
寝ぼけていつの間にか天井に向けて水を発射したのが、自分の顔にかかっただけのことらしい。
「緑色の」も「なんで」も、酔っぱらいの戯言でしかなかったそうだ。
あまりにも呆気なく、かつ拍子抜け過ぎる真実に、航と川技が二人してへなへなと座り込んだことは言うまでもない。
***
ふと窓の外に目を向けると、ずっと見上げることを忘れていた青空には、虹が浮かんでいた。
──そういえば、上司の築本から電話がかかってくる数時間前は、土砂降りだったな。
そんなことを思い出しながら、航は微かに口元を緩ませた。
自分も川技も、晴れた空の下を必死に駆けていたのだと思うと、どこからか可笑しささえこみ上げてくる。
気づけば、航は声を上げて笑っていた。
結月は一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐにつられて笑いだした。川技も、目に涙を浮かべて大声で笑っていた。
──俺たちは大丈夫だ。
誰一人欠けていない。いるはずの犠牲者がいなかったのだ。
たとえ、これから仕事が待ち受けていようとも。あと少しばかりは、この安堵と心地よさに、身を委ねていたい。
抜けるような青空の下を、真っ白な飛行機雲が横切っていった。
(次のページに続きあり。ここで終わりではありません)
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