熱が下がると

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熱が下がると

 搬送された病院ではとにかく熱が高いので、まずは原因の解明よりも熱を下げることを優先させた。ICUでの治療になった。  42度まで熱が上がると、色々な合併症を起こすこともあるので、小学校4年生の身体にはつらい状態だ。  病院の医師たちの努力が実って、2日目には37度台に熱がさがった。  竹子は完全看護と言われ、仕方なく、律子の着替えや入院で必要なものを取りに家に戻った。  父の正人も急いで出張から戻ってきた。  37度台に下がった律子はICUで目を覚ました。  目に入ったものは病院の天井と自分の身体につながれている沢山の管。  『それにしても病院て静かな所だ。』  目が覚めた律子は思った。  看護師が律子が目が覚めたことに気づき、 「御気分は?大丈夫かな?」  と、声をかけたが、律子はきょとんとしていた。  律子は看護師が何を言ったのかが聞こえなかったのだ。  看護師は何か気付いたようで大急ぎで医師を呼びに行った。  熱が下がったと聞いたのでICUから出られるとばかり思っていたが、なぜか医師が慌てて律子のベッドに集まっている。  竹子と正人は、看護師を呼び止め何事があったのかと腕をつかんで聞いた。  看護師は、 「今先生から説明がありますから。」  と、腕を振りほどき急いで律子のベッドサイドにいる医師に両親がいることを伝えに行った。  医師はICUから出てくると 「お嬢さんの耳が聞こえていません。」  と伝えた。 「一時的なことかもしれませんし、しばらく様子を見ましょう。」  そういった医師の声はもう、竹子と正人には届いていなかった。  医師を押しのけてICUに入ろうとする両親を、看護師が必死で止め、感染防止用の帽子やマスク、上着を渡した。  急いでそれらを身に着けた竹子と正人は律子のベッドに駆けよった。 「律子、律っちゃん?」 「律子?大丈夫か?律子?」  竹子と正人は交互に声をかけたが、律子は怯えたように目を見開くばかりだった。  聞きなれたはずの両親の声も律子の耳には届かなかった。  熱も下がり、聴力を失ったことと、高熱の原因解明の為、律子はしばらく小児病棟に移り入院し、検査を行うと同時に聴力が戻るかも様子を見ることになった。 ****** ******  1週間行われた色々な検査の結果、高熱の原因は結局わからなかったが、今回、高熱が続いた時間が長かったため、聴力は完全に失われてしまったという結果が出た。  その間、律子は熱が下がってからずっと静けさの中にいた。  昼間、目を開けば母の竹子がいつもベッドのそばにいる。  人が動いていれば音が聞こえそうなものだが、全く聞こえないのでとても不思議な感覚だった。  ホワイトボードを使って、竹子と親子で会話をすることも増えてきたが、律子がもう一生音を聞くことがないという事はまだ律子には伝えられていなかった。  医師もいつ伝えるのかは両親に任せると言って、定期的に検査に来るよう告げ、律子は退院が許された。      
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