4人が本棚に入れています
本棚に追加
静けさの中で
律子は退院してからもずっと静けさの中にいた。そして、自分がずっとこのまま耳が聞こえないのかを知りたがった。
母の竹子は父の正人と相談して、退院から一か月後に律子に本当の事を伝えると決めた。
律子はまだ小学4年生。これから通う学校の事もある。
律子はこれから一生自分はこの静けさの中で暮らさなければいけないと知り、しばらく食事とトイレの時以外は自分の部屋から出てこなかった。
そうして、閉じこもっている間に律子はこれからの自分の事を考えていた。
もう、普通の学校には通えないのだろうか?
本で読んだことのある聾学校という所に行くのだろうか?
そうすると元々聾学校に通う人たちのように手話で話をするのだろうか?
生まれつき耳が聞こえない人たちよりは生活はしやすいだろうとは思うが、突然聞こえなくなった律子は生まれつき聞こえない人たちが4年生までに自然に学んでいる手話が全くできなかった。
もし、聾学校に行くことになったら、全部覚えなければいけない。
律子の不安は募るばかりだった。
そんな律子の部屋に、母の竹子が入ってきた。そしてホワイトボードで伝えた。
律子は小学校を卒業するまではこれまで通っていた小学校に通えることになった。母親が掛け合って、副担任をつけてもらったのだ。
担任もなるべく授業内容を板書するようにして、律子にもわかるように授業を進めてくれた。
友人が話していることは分からないが、親しくしてくれる友人は律子の所まで来て、ホワイトボードで話をしてくれる。
意地悪な友人のことばは都合の良いことにきこえてこない。
体育はホイッスルが必要な競技、バスケットやハンドボールなどは参加してもなかなか慣れるのが難しかったが、基本的なルールは分かっているし、もしホイッスルを聞き逃した時には近くの友達が肩を叩いて教えてくれた。
そうして、学校に通う間に律子の気持ちは明るくなってきた。
一人でいると静けさの中で動けないような気持ちになるのだが、友人や学校の先生といると今、耳は聞こえなくても、聞こえなくなる前にみんなと過ごした時の音が、脳によみがえってくる。
律子は徐々に明るくなっていった。
これから、今も起きているように、いたずらで肩を叩かれたり、陰で悪口を言われたり、きっと辛い事が訪れることもあるだろう。
でも、これまでに脳に記憶された律子の内部の音は消えることなく、律子の心を助けてくれるだろう。
これからも、前を向いて頭の中によみがえる自分の音を聞きながら暮らしていってほしいと切に願う。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!