アイスキャンディーと黒い月・25

1/1
74人が本棚に入れています
本棚に追加
/208ページ

アイスキャンディーと黒い月・25

 いけすかない四方女学院の顧問の態度が翌朝の洗面所の時点では随分柔らかくなっていた。  夕べの地央への深すぎるリスペクトのせいなのだろうかと思っていたら案の定だったようで、朝食前、トイレにいるところに久我が笑いながら声をかけてきた。 「黒川くんは思っていたよりも可愛いところがあるな、とか言っていたぞ」 「実際可愛いっしょ、俺は」 「平林くんの人柄がそうさせるのかなってな」 「え、そっち? つか、あの先生の地央さんへの評価、高過ぎねえ? 地央さんなんて部活んとき性格、結構アレだったし」  実際、在部中は部内から浮くほどには嫌な奴という認識だったのだが。 「いけすかないもん同士の波長があったのかな」 「なんだお前、今日はなんか平林に辛口だな」 「いや、事実の再確認」  可愛い地央を知っているのは自分だけでいいのだという独占欲が大半を占めてはいるものの、実際は何の音沙汰もないことにちょっと拗ねているのだ。 「人のメール無視っすよ。酷くない?」  真直たちは朝の5時起きで既に一練習終えたところではあるが、まだ日曜の6時30分だ。もしかすると地央は起きてはいないのかもしれない。  電源が落ちたままなのかもしれないし、ヘタしたらメールを読んだっきり放置しているのかもしれない。何せ既読がつかないものだから読んでいるかどうかすら不明なのだ。  内容に虚偽はないものの、自分でもちょっとサムいメールだったと夜のテンションを悔いている部分がゼロではないのだから、読んでいるならツッコミのメールなり電話を寄こしてほしい。  読んでいないのならいないで、それはあまりにそっけなくはないだろうか。  真直の頭の中は終始地央で溢れかえっているというのに、地央は携帯が電池切れを起こしても気づかない程度、もしくは全く気にならない程度にしか真直のことを気に留めておらず、向こうから連絡を入れる気は皆無ということだ。  もとよりマメな方ではないことは普段一緒に居てわかっているし、たった一晩のことといってしまえばそれまでなのだけれど。 「平林も、いっときはどうなるかと思ったけどな。まあ良かったよ。あ、おまえもな。ほんと。うちのエースはなんだかんだ波乱万丈だから……」  苦笑する久我。  地央に接する距離が近いのが難点だがトータルで世話になった良い顧問だ。 「その節はごめんねセンセ。でも俺頑張ったっしょ?」 「おお。俺も鼻が高いよ。……編入の話ほんとにいいのか?」 「うん。いい。俺シャイだから慣れない環境とか放り込まれんの無理」 「ははは。どこがだよ」 「はよーす」  眠たげに目をこすりながら現れた相川を目にした真直は大声を上げて指さした。 「おまえだろ!! クラスラインの犯人!!」  練習場が違うためにさっき会えなかったのだが、とにかく文句の一つも言ってやらなければならない。 「ええー、犯人は御崎でしょうよ」  朝が弱いらしく、まだ間の抜けた顔で悪びれた様子の一切ない相川に真直は一層目を吊り上げる。 「いやいやいや、おまえがあいつに妙な写真送るからだろが!」 「妙な? あら、あれって妙な写真なの? 射撃でつながる仲間同士の熱い友情を記憶媒体にとどめておこうとしただけだよ、僕は」 「嘘つけ。完全に誤解を生むような写真じゃねえか! しかもおまえ御崎に送るとか、弄ってやれっていうおまえの意思しか見えねえわ!」  御崎とは少し前から地味な因縁の確執がある。  地央と御崎の仲が良いことへの嫉妬により、御崎の好きな漫画のネタばらしをしたという経緯から何かにつけ絡んでくるのだ。  意趣返しからのいっそネタになっている弄りあいではあるが……。 「朝から揉めるなよ。いや、昼ならいいってんでもないけど。原因はなんだ」 「これっす」 「あ、こらっ!」  真直には全く後ろ暗いところはないのだが、恣意的に撮られた画像を久我に見せる相川につい手が伸びる。 「……またおまえはぁ……」  画面を見て眉を情けなく下げる久我。 「またって何すか!? たんに話してただけだから! エレナのスキンシップが外人並みなのセンセも知ってるでしょうがよっ!」 「そりゃそうだけどさぁ」  スクープ記事風に煽られた文字を見せられた久我が、大きなため息をついた。 「だろ!? こいつら極悪と思うだろ? センセー」 「いや、まあな。これはダメだけどさぁ」 「なに、まさかの、教師からの『だけど』?」 「いや、おまえは、なんていうの? こないの件もあるんだからさ、ちょっと慎め、というか、そういう目で見られやすいってことを意識してだなぁ……」 「は!?」 「火のないところに煙はたたないっていうか、な。いや、おまえ、ほんとに素行良くなったよ? けど過去は消せないっていうか、な、勘違いされやすいってことは自覚する必要あると思うぞ」 「そーだそーだ」 「相川も! 偏向報道の恐れをうむ写真を人に流布するんじゃないよ」 「へーい」 「へーいじゃねえよ、ちくしょう! 怒らせてたらお前が土下座しろよなっ」 「誰に?」  恋人だ、ボケ!!  けれど敢えてそうとは口にできないのが辛いところだ。 「ううううっ! くそうっ!」  やっぱりあのLINE見たのかなぁ。  怒ってんの?  嬉しいけど、嬉しくねーーーーーーっ! 「もう起きてるかな」  そもそも怒って電源を落としている可能性もあるのだが。 「センセ―、俺、合宿ここまででもう帰っていい?」 「いいわけないだろ、なんで?」 「はは。…っすよねぇ…」  合宿を放って帰ろうものなら益々怒りに拍車をかけることだろう。
/208ページ

最初のコメントを投稿しよう!