ビンボー令嬢の幸せ

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ビンボー令嬢の幸せ

 ビンボーなんて大キライ。  あたしは絶対に玉の輿に乗って、何不自由なく暮らして幸せになる!  子供のころから、そう思って生きてきた。  あたしの家は、誇るものが名誉しかないビンボー男爵家だ。肝心の名誉だって、数十年も前にひいばぁちゃんが聖女だったというだけのもの。あたしの家族はそんなカビの生えた誇りを大事にして、(つま)しい暮らしを変える気のない無欲な人たちだ。  冗談じゃない。  あたしは美味しい料理をたらふく食べて、よその令嬢みたいにきらびやかな衣服を着たい。だって貴族なんだよ? 町商人より質素な生活を送っているなんて、おかしいじゃない。  あたしは家族とはちがう。  絶対に高位貴族と結婚してお金持ちになるんだから!  そう難しいことじゃない。だってあたしは可愛いもん。  長い睫毛に縁取られた大きな目にはスミレ色の瞳が浮かび、小さく愛らしい唇はリップなしでもツヤヤカなさくらんぼ色。頬は真紅の薔薇の花びらのよう。ツンと上向きの鼻だって他とのバランスが絶妙で、あたしによく似合っている。髪なんてふわふわのピンクゴールド。栄養の足りない身体は華奢だけど、それがはかなく見えて男たちの庇護欲をそそる。  恵まれた容姿なんだもの、ちょっとネコをかぶってがんばれば、どんな男でも手に入る――。  あたしはそう信じてがんばった。  だけど今のところ、成果はかんばしくない。  あたしに来る縁談は同じレベルの男爵家くらい。お金があっても庶民じゃビミョー。ちょっといい身分だと、たいていは脂ぎったオジサンの愛人へのお誘いだった。  いくら可愛くても、学のないビンボー男爵家の令嬢は玉の輿になんて乗れないのかもしれない……。 「いや、違うだろ」  あたしの愚痴に幼なじみのカミロが反論する。ヤツの家もうちと同じくらいにビンボーな男爵家でそのせいか両親同士の仲が良く、あたしたちはよく一緒に遊んだ。というかヤツはあたしの下僕だ。年は向こうがひとつ上だけど。  でもカミロは十二歳のときに神殿に奉公に出されてしまった。食い扶持を減らすためだった。四男の彼は邪魔だったらしい。今は大神殿に仕える神官の専属侍従をしている。  たまにしかないヤツの休みには、神殿近くの寂れた路地裏で、露店で買ったB級グルメを食べながら愚痴り合う。カミロは仕事の、あたしは婚活の。 「いい縁談が来ねえのは、ピエラの性格が悪いからじゃん」 「はあ? 悪くないし」 「昔っから自分本位で周りを見下してる。家族のことですら、無欲の無能ってバカにしてるだろ? お前は確かに顔は可愛いけど、それじゃカバーできないほど中身がクズ」 「ク……クズ! あんただって友達いないじゃん!」 「お前もな」 「あたしが玉の輿に乗っても、助け出してあげないんだから!」  神殿の侍従は簡単には辞められない。厳しい決まりがたくさんあって、お給料以外に衣食住も与えられるけれど担当神官の許可がなければ、結婚どころか異性との交際もできない。退職にいたっては、神殿が侍従に使った分の衣食住費と同等の寄付をしなければ不可能だ。  だからたいてい侍従になるのは実家が貧乏な男子で、そして彼らは生涯飼い殺しにされる運命なのだ。 「別にぃ」カミロは興味なさそうに言う。「ピエラがまともな結婚なんてできるはずがねえし。考えるだけ無駄ムダ」 「あんた下僕のくせに生意気っ! 見てなさい! いずれ『ピエラ様が正しかったです』って土下座することになるからね!」 「ほら、言ってることがサイテー」  カミロは楽しそうにくっくと笑う。 「あたしは絶対にお金持ちの高位貴族と結婚して、幸せになるんだから!」  ◇◇  とはいえ楽観視はできなかった。  あたしだってバカじゃない。どんなに可愛くても、年をとれば容姿は衰える。そのくらい知っている。『愛らしい令嬢』のピークを迎える前に、イイ男と結婚しちゃわないとダメなのだ。  それなのにロクな縁談が来ない。無欲な家族はあたしの手助けをするどころか、『高望みなんてしてはいけない』と説教ばかり。あんたたちがビンボーを抜け出す努力をしなかったからあたしが必死になっているのに、まるでわかっていないのだ。  ていうか、絶対に父さんも母さんも許さないんだから。あたしは貴族の令嬢なのにお金がないから家庭教師はつけてもらえなくて、必要なことはふたりに教えられた。兄さんは跡取りだからと教師がついたのに。不公平だよ。しかもお金をかけてもらった兄さんも無欲で、現状維持以外に興味がないから頭にくる。  あたしは自分磨きのかたわら、ひとりで図書館に通って(というか子供は入れなかったから、こっそり潜り込んで)独学であれこれ身につけた。こう見えてあたし、努力家なんだから。貴族の当主の役に立ちそうな、難しい魔法だって使えるようになった。裕福で幸せな生活を送るためなら、いくらでもがんばれる。家族の助けなんて当てにしないもん。  そう。グチグチ言ってもムダ。あたしは自分の手で未来を切り開かないといけないの! 可愛い容姿がピークを迎える前に。のんびり構えている時間はない。  そんなある日、夢に聖女だったひいばぁちゃんが現れた――。  ◇◇ 「現役聖女が偽物?」  いつもの路地裏で、ひいばぁちゃんのお告げを伝えるとカミロは疑わしそうに眉をひそめた。  聖女というのは大変重要な仕事をしている。祈りることで結界を張り、世界の端からやってくる獰猛な魔物から国を守っているのだ。だというのに、なぜか聖女は常に国にひとりしか存在しない。現役聖女が死ぬと、次の聖女が神によって選ばれる。選ばれた女性には、四葉の形をしたアザが体のどこかに現れるらしい。  今の聖女は公爵家の令嬢のエリーザ。一年ちょい前にデビューしたばかりの新人だ。遠目に彼女を見たことがあるけど、お固くてプライドが高そうな感じ。 「あのエリーザが偽聖女を騙るかなぁ」とカミロ。「めっちゃ真面目に、毎日お務めをしてるぞ?」  聖女の祈りは大神殿で行われる。だからあたしよりコイツのほうがエリーザに詳しい。 「偽物だからこそじゃない? バレないように真面目にやってんの。だいたい聖女の祈りはなんびとたりとも立ち会い厳禁の非公開なんでしょ? 誰も見たことがないんだから、祈りの効果が出てるか出てないかなんてわからないじゃない」 「そうだが……」 「ね、だから手引きして?」 「はぁっ!?」  もちろん、禁忌をおかすことになる。でもこの機会を逃してなるものか。 「こっそり覗いて、偽聖女の証拠を記録魔法に撮るのよ!」 「……で、それをどうするつもりだ?」 「国王に告発して、あたしが新しい聖女になるの!」 「四葉の印があんのかよ」 「ないよ」 「じゃあ、ばぁちゃんがピエラが真聖女と言ったとか?」 「言ってない」 「じゃあお前も偽物じゃん」 「エリーザがやれたんだもん、あたしもできる!」  カミロははあぁぁぁっと深いため息をついた。 「聖女を騙ることは死罪になるんだぞ」 「本物の聖女(ひいばぁちゃん)が味方についてるもん。大丈夫!」 「大丈夫って、お前……。聖女になってどうするんだ?」 「エリーザが死罪になれば、彼女の婚約者はあたしのものになるよね?」 「……そう上手くいくかよ」 「行かせるの! あたしの手腕で!」  エリーザの婚約者は王太子だ。つまり次期国王。国一番のお金持ち! しかも彼は人の良さしか取り柄のないほのぼの青年だから、あたしの魅力できっと落とせる。いや、絶対に落とす! 「さすがにムリ。手引きなんてしねえ」  カミロは不機嫌そうに言う。 「大丈夫!」 「その根拠は?」 「万が一失敗しても、カミロのことは言わない。口が裂けても拷問されても! だから力を貸して。あたしが幸せになる、最大にして最後のチャンスなんだよ」  カミロの腕を掴み、顔を見上げる。神殿侍従は、一生飼い殺し。 「王太子妃になったらカミロの退職金を出してあげる。あんたに自由をプレゼントするから、お願い、助けて!」  カミロはすごいへの字口をしている。自由になりたくないはずがない。捕まることが怖いんだろう。あたしだって怖い。でも―― 「ビンボーでみじめな暮らしなんて終わりにしたい。玉の輿に乗って幸せになるのがあたしの夢なの。カミロも知っているでしょ?」 「……金さえあれば、と俺も思う」 「ほら!」  カミロがまた、深々とため息をつく。 「……わかったよ、協力する」 「さすが、あたしの下僕!」  ヤツの両手を握りしめる。 「絶対に上手くやるから! あんたもあたしも、幸せになろうね!」  ◇◇  エリーザは確かに偽物だった。証拠もばっちり記録して提出。愚かな国王は、あたしが自ら彫った四葉のタトゥーを『真聖女の印』と認めた。エリーザは公爵家の威光のおかげで死罪にはならず、国外追放刑に処され、あとはあたしが王太子と婚約すれば成功――  というところで、すべてが覆った。  あたしは一世一代の大勝負に負けたのだ!  エリーザが偽聖女を騙ったのは、訳があった。なんと彼女の妹が本物だった。妹は対人恐怖症で屋敷から出ることができないらしい。だから姉が聖女のフリをして神殿に出勤。妹が自宅で祈りの儀式をする、という分業体制をとっていたらしい。  ふざけんな!  ややこしいことをするんじゃないわよ!  おかげで王太子妃に成り上がるあたしの夢は(つい)え、国外追放刑となってしまった。  護送馬車から降りるとそこは、ひとっこひとりいない荒れ地だった。国境のはずだけど、ここがどこなのかは聞かされていない。  背後から 「ひでえな、こりゃ」と声がする。  振り返る。と同時に護送馬車の扉が閉まり、猛烈な勢いで来た道を引き返して行った。  あたしのあとに馬車を降りたカミロが、右手をひさしのように目の上にかざして行く手を見ている。 「何もねえなあ。人のいる町までたどり着けんのか?」 「『着けんのか?』じゃないわよ。ちゃんとあたしを『到着させる』の。しっかりしてよ」 「はいはい」  カミロが右手をおろす。その甲には焼き印の跡がある。昨日押されたばかりのそれは特殊な魔法がかかっているらしい。どんな魔法でも治療でも生涯消えることはないという。 「じゃあ、ぼちぼち行くか」  カミロは自分の荷物を肩から斜めがけにし、左手にはあたしの鞄を持って歩き出す。さすが下僕。命令しなくても、よくわかっている。 「しかしここ、ちゃんと結界があるのか? 魔物は来ねえだろうな?」 「知らないわよ。もし来たらあたしを守りなさいね」 「俺、戦ったことなんて皆無だぞ」 「ケンカは得意でしょ」 「ガキの頃だろ。だいたい魔物に拳で勝てるとは思えない」 「がんばりなさい」 「がんばりはするけど期待はするな」 「あたし、本当なら今ごろは聖女とあがめられて王太子の婚約者になっていたはずなのよ! ケガさせないでよね」 「大失敗したくせに」  余計なことを言うカミロの背中を叩く。 「ひいばぁちゃんが味方についてくれたのよ。絶対に上手くいくと思っていたのに!」 「本当にばぁちゃんがお告げをしたのか? 夢だったんじゃねえの?」 「本当だもん」 「なら、ばぁちゃんはなんの意図でお告げをしたんだ?」 「こっちが聞きたいわよ」 「ピエラが何か聞き逃したんじゃねえの?」 「……こうなってみると、そうなのかもしれない」  ひいばぁちゃんも欲のない謙虚な人だったという。よく考えてみると夢枕に立ったのは、あたしが聖女になるチャンスだと教えるためでなく、エリーザ姉妹を手助けなさいという指示だったのかもしれない。  まったく、紛らわしいことをしてくれたものだ。  おかげであたしは詐欺師として裁かれた。カミロが協力者だったこともあっさりバレて、同罪に。しかもカミロは神殿侍従でありながら立ち会い厳禁の掟を破ったせいで破門され、二度と神の祝福を与えられない者の証として右手に焼き印を押されてしまった。 「ああ、もうっ! 何でこんなことに!」 「どうせピエラが都合のいいとこだけ聞いて喜んでいたんだろ」 「うるさいっ」  カミロの背中をバンバン叩いて八つ当たりする。 「聖女になるはずだったのに!」 「はいはい」 「それから王太子妃」 「どっちも似合わねえけどな」 「似合うわよ! そしたら贅沢三昧して、可愛い服をたくさん買って、たらふく美味しいものを食べて」 「そんな妃、国民から嫌われる」 「構わないわ、あたしがハッピーなら」 「さすがピエラ」  カミロはくっくと笑う。 「ああ、悔しいっ!」 「レベルアップどころかダウンだもんな」  カミロの背中を叩いてやる。 「なんで歩いて旅をしなければならないのよ! こんな荒野に置き去りなんてひどすぎる!」 「命があるだけラッキーだろ。聖女を騙ることは本来なら死罪だ」  先に偽聖女と断定されたエリーザが国外追放刑だったから、私たちにもそれが適用されたらしい。 「そうだけどさ。まさかエリーザの妹が聖女だなんて思わなかったんだもん、仕方ないじゃない」 「詰めが甘いんだよ」 「うるさいなあ。カミロのくせに生意気」 「それが協力者に言うセリフか?」  カミロまで追放になったのは悪かったと思う。取り調べを受けたときあたしは、仲間はいないと主張したのだ。なのにあっさりバレてしまった。 「なんでカミロのことがバレたんだろ。あたしは喋らなかったよ」 「……さあな」  まあ、カミロは死罪にならなかったし、ヤツは怒っていないみたいだから、そこはちょっとホッとしている。下僕にそんなことは教えないけど。 「ほんと、ピエラって悪どいくせに抜けてるよな」  む。下僕のくせに。 「カミロだって性格悪いでしょ! 友達、あたししかいないじゃん。同僚の誰ひとりかばってくれなかったの、知ってるよ」 「お前もな」  確かにそうだけど。  本当なら今ごろ王子や上位貴族たちに囲まれてチヤホヤされていたはずなんだ。 「あんたなんて町に着いたら即刻サヨナラだからね」 「こんな俺でもいたほうがいいと思うよ? 女のひとり旅なんて、人生詰むぞ」 「あんたがいたら、イイ男を引っ掛けられないもん。目指せ、裕福な生活!」 「いい加減、諦めろ」 「やだ。あたしは絶対に玉の輿に乗ってみせるんだから。もうお金持さえあれば、貴族でなくてもガマンする。幸せ目指してがんばるぞ!」 「ムリ」 「ムリじゃない」 「お前、性格が悪いからすぐにバレて捨てられる」 「うまくやるもん」 「大失敗したやつが何を言ってるんだか」 「もう、黙れっ」 「夢を見すぎ。そこそこの幸せでガマンしとけって」 「イヤ」 「俺は仕事を失って無一文。破門の焼き印まで押された」  カミロはあたしの前で右手をひらひらさせた。 「……それはごめん。サヨナラする前に手袋は買ってあげるよ」  お金は持っていないけど、服を質に入れれば手袋くらい買えるんじゃないかな。たぶん。 「知ってるか? 俺、神殿侍従じゃなくなったから自由に恋愛も結婚もできるんだぜ?」 「知ってるけど? 良かったね」 「だから俺にしとけよ」 「何を?」 「共に生きる男」 「と……?」  共に生きる男を俺にしておけ?  どういう意味だろうと考えて。  ひとつ思い当たる可能性に気がついた。  急激に鼓動が速まる。 「な、なに、冗談、言ってんの。やめてよ」  こいつはそういう相手じゃない。幼なじみの腐れ縁。そして下僕。それだけのはずだ。  カミロが足を止めてあたしを見た。すごく真面目な顔をしている。こんな表情は初めてだ。 「ただの幼なじみのために、死罪になる犯罪の片棒をかついだと思ってんの?」 「え? ……あれ? ……え?」 「俺はもう恋愛も結婚も解禁なんだ」  そ、それはさっきも聞いた…… 「ピエラは諦めて、そこそこの幸せで満足するんだよ」  カミロの手が伸びてきて、長い指があたしの唇をなぞる。 「誰にも渡す気はねえから」  ふいとカミロは向きを変えて歩き出す。 「ほら、行くぞ。日が暮れる前に町に着かねえと」  そこは賛同できるけど。  先を歩くカミロの背中を見る。  さっきのセリフは、本気かな。  というか、そういう意味で言ったの?  今まであたしを好きな素振りを見せたことなんてなかったのに。  カミロが振り返った。 「急にしおらしくなるなよ」 「別に! しおらしくなんて」 「へえ?」  ニヤリとした下僕は素早くあたしの手を取ると、掌をベロりとなめた! 「何すんのよ!」 「味見。続きは夜な」 「なっ! 何が夜よ、調子にのるな! 下僕のくせにっ」  ポカスカと叩いてやるが、カミロはニヤニヤしている。 「ピエラはそうでなくちゃ。こんなワガママ悪女を許容できるのは俺だけだって、早く気づけよ」  そう言って、カミロは再び歩き始めた。 「そんなことないし! あたしは可愛いもん。カミロよりもっと金持ちのイイ男を捕まえるんだから!」 「はいはい」 「絶対に絶対だから!」  だけど掌は熱いし、心臓は爆発しそうだ。  ああ、しかも。  キスってどんな感じなのかな、とか頭が勝手に考えてしまう。  アホか、あたし。信じられないチョロさじゃないか。  ――カミロは全然動揺していないみたいだけど。  誰かとしたことがあるのかなと考えたら、胸の奥がもやもやした。  そんなはずはない。あいつは下僕だし、あたしは玉の輿に乗って幸せになると決めているのだ。  カミロなんかじゃ……。  無一文で無職のカミロとの『そこそこの幸せ』。  どう考えてもビンボーだ。  それに惹かれているのは、勘違いだと思いたい。
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