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3.
小学五年生の春、僕ら四人と一匹は一緒に暮らし始めた。
優莉香が同居にOKを出し、進級のタイミングで引っ越したのだ。さいわい僕は転校せずに済んだのだが。
「あれ、フミヤンの妹?」
渉君が窓から校庭を指差す。優莉香が同じ学校にいるなんて変な気分だ。
彼女は一人きりで、当所無さそうにトボトボと歩いてゆく。
「転校して来たばかりだもんなぁ……って、フミヤン、どこ行くんだよ」
優莉香は飼育小屋の前に座り込んでおり、僕に気づくと「何か用?」と鼻水を拭った。
「別に。学校で話しかけちゃ駄目?」
「駄目じゃないけど」
優莉香は金網に指を突っ込んでこっちこっちと誘うが、五匹のうさぎは五匹とも素知らぬ顔だ。
彼女は指を下ろし、ため息を吐いた。その目は午後の日差しにきらりと光る。
妹が学校生活に悩んで泣いているとき、兄はどういう風に振る舞うべきなのだろう。母なら、僕の頭を撫でたり、ぎゅっと抱き締めてくれたりする。
僕は優莉香に手を伸ばしてみて、行きどころに迷い、引っ込めて、やっぱり触れてみようと思って、勇気が出ずにポケットに仕舞った。
「お兄ちゃん、さっきから何やってんの?」
「優莉香が泣いてるから、どうしようかと思って」
「ハンカチを貸してくれるとかじゃないの?」
「今日、ハンカチ持ってくるの忘れた」
「あーあ」
「あーあ、って……」
優莉香はふにゃっと笑った。
「お兄ちゃんってパパに似てる」
「雅史さんに? どこが?」
「色々気を遣ってくれるけど、空回るとこ」
全然嬉しくない類似点である。
でも実父に似ているということは、実の兄妹らしくなってきたのかもしれない。
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