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1.
「僕、お兄ちゃんになりたい!」
スーパーからの帰り道、見上げた母の困り顔。
「そうねぇ。文哉のお願い事、叶うといいわねぇ……」
母の持つ買い物袋から飛び出た大根の葉っぱが、千切れ、夜の秋風に吹かれてアスファルトを滑ってゆく。路上駐車のトラックの下に、何か小さなものがいて、後方のヘッドライトがそれを照らす。
「あっ、子猫だ!」
僕のせいで困らせてしまった母を喜ばせようと、僕は道路に腹をつけて手を伸ばした。
怪我をした子猫は甘えてニャアンと鳴く。
「文哉!」
ざり、と音がして横を見ると、巨大なタイヤがこちらに向かってスローモーションのように転がり始めていた。
母が買い物袋を投げ捨てて僕に駆け寄ったのも、知らない誰かが道路に飛び出してトラックを停めてくれたのも、後から聞いて知った話。
そのときの僕はただ、僕も子猫も助かってよかったなぁとしか思わず、だから、しばらく経って母が、その知らない誰かを、親しいお友達として家に連れて来たときは、感謝よりも不快感が勝り、挨拶も返さずにゲームに熱中する振りをした。
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