さよならの舞台

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さよならの舞台

 放課後の教室。  わかりやすい舞台を、私は選んだ。  そして告げた。 「私たち、このまま続けるわけにはいかないわ。  さよなら。」 「そんな……。」  予期していた言葉を言われてしまった、そんな表情になったあと、彼女は沈黙した。  無理もない。  高校で同じクラスになって、気があって、いつの間にか親友になって……意味深に手をつなぐようになって。  まるで自然な流れのようだった。  だけど、ここまでで踏み留まらなければいけない。  相談相手の保険医は言った。 「気の迷いを勘違いして、取り返しのつかない思いをすることもあるのよ。気をつけて。」  私たちは、まだ20年も生きていない。  その程度生きたくらいで正しく判断できることなんて、あるんだろうか。  私はかまわないと思っても。  彼女がかまわないと言っても。  この先後悔しない保証なんてないのだ。  今は心を鬼にして……。  冷たい顔で見る私の前で、大粒の涙が落ちた。  うつむいてしまった彼女の、  ……鼻から。  『鼻で泣く女』ーー そんなタイトルと共に、ピカソ風の絵画が脳裏に浮かんでしまった私は、腹筋に力を入れて笑いをこらえた。 「あ……やだ、鼻水落ちちゃった……。」  言うな!  私は堪えきれずに叫んだ。 「泣きたいときは上を向くの!  あの名曲を知らないの!?」 「え……だって、歌の通りにしたら、鼻水が」 「ストーップ! 言わずとも皆知ってるわ!」 「知ってるなら、どうして上を向けなんて言ったの?」 「そこは皆気づかれないよう我慢しているところなの! なんで赤裸々に問答しようとするかなー!」  私は撃沈した思いだった。  静かな放課後の教室で、美しく別れをキメたかったのに! 「もういいわ……。  マジで別れましょう。」 「え、さっきまでは嘘だったの?」 「嘘じゃないわよ!  本気だったわよ!」 「じゃあ、どうして?」  じゃあ、どうして?  彼女の切り札だ。  そして私は答えられない。  よくわかっている彼女は言うだろう。 「自分でもわかってないなら、保留だね!」  こうして、静かな教室という別れの定番舞台さえブッ壊して、彼女は自分の意向を通したのだった。  後日、私は保険医に報告した。 「先生……。  私、もう諦めました。  彼女とは、運命だと思うことにします。」 「あらまあ。」  保険医は心配してくれていたわりに、なんだか楽しそうに笑った。
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