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ヨダレ掛けの中央に”閻”という文字があるから間違いなさそうだ。
亡者たちはエンちゃんから視線を一斉に動かす。一段下に立つ奇抜な恰好の若者を凝視する。亡者たちの顔にはこう書いてある。
あいつは何者だ。
エアロビのインストラクターか。
ダンサーか。
鬼トリオは思っていた。このひと月半、亡者たちの反応は同じだと。特に今日の若者の恰好は奇抜すぎ。こんな恰好でいたら亡者からクレームが来てもおかしくないな、と思っていたら本当にクレームが来た。
御老人が二、三歩前へ出ると、
「そこの若いの」
と若者を指した。若者はきょとんとした表情をして、
「私ですか?」
「君以外に誰がおる」
御老人はまた一歩前へ進んで、
「その恰好はどういうつもりだね。我々、死者を愚弄しておるのかね」
憤然とした口調だ。若者は首を傾げ、
「この恰好が皆さんのことを莫迦にしていると? まさか。私の恰好などお気になさらず」
と、さらりと言う。御老人はムッとして、
「君、TPOに合わせるということができんのかね。それさえもできん輩に、きちんと仕事がこなせるとは、わしには思えん」
と言った。若者は人差し指で頭を掻いた。
御老人を援護するかのようにオバサンが前に出て、
「あんたのそのデタラメな恰好、この場にふさわしくないわ」
力を込めて言うと他の亡者たちも、あーだ、こーだ、と文句を垂れだした。
「どうしましょう、亡者を止めなくては」
と青鬼が焦る。
「注意しましょう」
と緑鬼が動きだそうとした。しかし赤鬼が、
「放っておけ」
あいつは文句をいわれて然るべきなのだ。自分が何をやっているのか全く理解していない。
「せいしゅくにしてくだちゃい」
エンちゃんの声に一瞬だけ亡者は静まったものの、すぐにやんや、やんやと騒ぎ出した。
鬼トリオは思った。合理的にやろうとするからかえって面倒な事になるんだ。余計時間がかかっているじゃないか。そのすべての原因は奴にある、と。
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