屍人形達の就職活動

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 東北。  鬱蒼とした木々が立ち並ぶ、暗い森の奥深く。  打ち捨てられた廃工場の一画に、ぞろりと立ち並ぶ人影があった。  リクルートスーツに身を包んだ、若い男女が総勢四名。皆、どことなく顔色が良くない。  横一列に並んだ彼らと向かい合うように立っているのは、白衣を纏った眼鏡の女性だった。その隣のソファに同じく白衣を着た壮年の男が深く腰を下ろしている。 「……さて、私の愛すべき屍人形の諸君」  男性が、随分と勿体ぶった話し方で言葉を発した。 「私はね、働きたくないんだ」  屍人形。そう呼ばれたスーツの若者達は、その言葉に一切の反応を示さない。  白衣の女性も同様だった。 「生きていくには幾らかのお金が必要だ。けれども、私は絶対に働きたくない。好きな研究だけをしていたい。だから、私は君たちを作りあげた。さて、助手君。彼らにアレを渡してくれないか」  助手と呼ばれた白衣の女性は、手元のバインダーから書類とカードの束を取り出した。それを順番に若者達に手渡していく。  渡されたのは運転免許証、保険証、学生証に住民票。パスポートに、写真付きのマイナンバーカードまであった。 「有能な助手君に頼んで、君らの戸籍を用意させてもらった。これさえあれば、住所不定の〈動く屍〉である君たちも、人間社会でお金を稼ぐ事ができる。……これから始まる、夏の就職活動に勝ち残る事が出来ればの話だけどね」  ソファから立ち上がり、男性は若者達の前に立った。その左手には「絶対勝てる! プロ経営者が教える就職活動のメソッド!」というタイトルの本が握られている。 「就職活動は難しい。人気の大企業ともなれば、その倍率は百をゆうに超える……。けれど、君たちなら大丈夫だ。何故なら、この私が、必ず内定を取れるように君たちを作りあげたからだ!」  男は、若者達をズビシ!と指差した。 「端正な顔立ち! 優秀な頭脳! 厳選を重ねた、特別な屍体から作られた君たちは、単純な肉体のスペックだけでも、生きている人間を遥かに凌駕している!」  男はぐぐっ、と自らの拳を握り締め、歓喜に叫ぶように高く天を仰いだ。  その様子を隣にいる助手がじっと見つめている。 「書類審査やペーパーテストで君たちが選考に漏れる可能性はまず無いだろう。となれば、鍵となるのはやはり面接だ。今日は、その対策を私と助手君の二人でやっていこうと思う」  そう言って、男は再度ソファに腰を下ろした。手元には「面接対策」のページが開かれている。 「では、項目を確認していこう。助手君、面接で気をつけることといえば、まず何があげられるかな」  男は、助手に意見を求めた。  助手は人差し指で眼鏡の位置を整え、バインダーに視線を落としてそれに応える。 「はい、博士。心理学者メラビアンの研究によれば、コミュニケーションにおいて、最も印象の多くを占めるのが視覚からの情報だといいます。つまり見た目ですね」 「なるほど、見た目か!」  博士と呼ばれた男は、ずらりと並んだ屍人形達の顔をじっくりと眺めて満足そうに頷いた。 「ならば問題はないな。この子達の身体に使った屍体は、みんな美しい顔をしていた。そこらの就活生に劣るはずもない」 「博士。見た目とは、顔の美醜のみを指している訳ではありません。身だしなみ、という言葉があります。服装や頭髪、その他諸々の印象から、面接官の評価は変わってしまうものなのです」 「身だしなみ……か」  博士はどこか不思議そうな表情を浮かべた。 「なぁ、助手君。素朴な疑問なのだが、なぜ服装や頭髪のあり方が、能力の多寡を決めると判断されるのだろうか。そんなものは、後から幾らでも修正が効くと思うのだが……」 「おっしゃる通りだと思います。ですが、これから彼らが挑む企業内定の争奪戦とは、そういった武器で戦う場所なのです」 「そうか。いや、ありがとう。なんせ、私は研究ばかりで就職活動をした経験が無いものでな。さすがは助手君だ。いつも助かっているよ」 「い、いえ……。大したことでは……」  そういって助手は、自分の眼鏡を忙しなく弄りながら顔を伏せた。その頬が赤く染まっている事に博士は気づいていない。  構わず話しかける。 「それで、身だしなみとは、具体的にどういった事を意識すればよいのだろうか」 「は、はい。調べたところ、良い第一印象を与える就活生の身だしなみとは、四つの要素によって構成されているようです」 「四つか……。よし、順番に見ていこう。一つずつあげていってくれ」 「はい、まず第一に〈清潔感〉です。これは、社会人としての最低限のマナーとされています」 「清潔感だって!?」  博士は大きな声をあげた。 「そんなもの、完璧に決まっているよ。この子達の身体は、この私が丁寧にエンバーミングを施しているんだ。全身の消毒に洗浄、消化器管内の残存物や体液も、全て吸引して除去してある。生きている人間より綺麗なぐらいさ。これに関しては手を加える必要もないな。じゃあ、次に行こう」 「流石です、博士。二つ目は〈フレッシュ感〉です。若々しさ、とでも言いましょうか。元気や積極性といったプラスイメージを与えられるようです」 「ふむ。フレッシュ感か。助手君、彼らの素材となったご遺体は、一度も冷凍せずに研究所まで運んできていたよね?」 「ええ。低温下ではありましたが、腐敗を遅らせる程度のものです。凍結による細胞の破損等は確認出来ませんでした」 「よしよし。ちゃんとフレッシュな状態だ。素晴らしい采配だよ。これで二つ目はクリアだな。三つ目は何かな?」 「はい。三つ目は〈健康的〉であるか、です。新入社員には逞しいバイタリティが期待されます。不健康に見えてしまうと、マイナスイメージが持たれるようです」 「〈健康〉か。病気や怪我による苦しみが無い、という意味ではそうなのだが……」  博士と助手は、微動だにしない四体の屍人形の顔を見つめた。  その肌は血の気のない土気色をしている。  血が通っていないから、当然なのだが。 「これではとても健康には見えないな……」  腕を組み、ううむと唸った博士に、助手が話しかけた。 「博士、私に一つ提案があります」 「ほう。聞かせてくれるかね」 「はい。彼らにメイクを施す、というのは如何でしょうか。ピンク系のファンデーションを少し濃いめに叩けば、血の気の無い肌もいくらか血色良く見えるはずです」 「なるほど、化粧か。しかし、それでは男性の身体を持つ個体には難しいだろう。女性体だけを送り出す、という手もあるが……」 「いいえ、博士。最近では、男性でもメイクをする事が一般的です。けして変な事ではありませんよ」  すると、博士がギョロリとした目を大きく見開いて素っ頓狂な声を発した。 「なに!? そうなのか?」 「ええ。ですので、ここにいる全員を送り出すことができます」 「知らない間に、世間の常識は変わっていくものだな……。それならば、良かった! これで問題は解決だ。流石だな、助手君」 「いえ……。お役に立てて何よりです」 「残す要素はあと一つ、か」 「はい。最後は〈機能的〉に見えるか、です。だらしない印象を与えてしまうと、テキパキと働けない、と判断されてしまいます」  最後の要素を聞かされた博士は、ニッコリと笑みを浮かべた。 「機能性なら、何も問題はない。彼らの肉体は完璧だ。筋肉量、骨量、関節の可動域。全て理想値に調整してある。充分に機能的だよ」 「博士のおつくりになった屍人形です。心配は杞憂でしたね。きっと、面接官にも良い評価がいただけますよ」 「いやいや、君のサポートがあってのことだよ。では、楽しみに待つ事にしよう。この子達が、大企業の内定を勝ち取って来るのをね」    来たる六月。  東北の山中にある廃工場から、街へと向かう四つの影があった。  バスを乗り継ぎ、仙台駅へ。  新幹線に乗り込んだ屍人形達は、三百キロ以上の長い距離を渡り、うだるような熱さと湿気で蒸し返す東京駅の改札を降りた。  スーツを着た四者は片手に黒いリクルートバッグを持ち、目を合わせて深く頷きあった後、それぞれの志望する企業の面接会場へと向かっていった。  志望動機、自己PR、長所に短所。事前に想定していた内容に加え、イレギュラーな質問にも、屍人形はなんなく対応した。  大きな失敗はない。  誰かしら、何処かしらの内定は取れるだろう。その筈だった。   「何故なんだッ!」  研究室のPCに届いたEメールを閲覧した博士が、頭を抱えて絶叫した。 「また〈お祈り〉メールだッ! こんなに各所から祈られたら、彼らだって流石に成仏しちゃうよ!」 「博士、落ち着いてくださいッ!」  半狂乱になった博士を助手が制している。  その表情は、何処となく悲しそうだった。 「何故だ。彼らは完璧な筈なのに……」  膝をついた博士には、彼らが選考に漏れた理由にただの一つも心当たりが無かった。  その理由とは、屍人形達と寝食を共にする博士達には決してわかるはずもないものだったからだ。    数週間前。  面接会場にて。 「今の子、どう思います?」  屍人形が去った後、面接官たちが会話を交わしていた。 「受け応えはいいんだけど……な」 「やっぱり、思いました?」 「ああ……。あの、臭いがなぁ」  その部屋は、死臭で満ちていた。  博士達は、彼らの肉体の放つ死臭に鼻が慣れてしまい、気が付かなかったのだ。  加えて、六月の東京は猛暑に加えて湿度も高い。血の通わない肉体が腐敗する条件は、整っていたのだ。 「臭いさえ無ければなぁ」  体臭の管理も、身だしなみの内。  清潔感を保つ一つの要素だった。  こうして、屍人形達の就職活動は内定ゼロという厳しい結果に終わったという。
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