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「飛べ、風のように。飛べ、雷電のように蒼天を駆け抜けろ。俺の竜、雷の化身シャルルロット。俺のシャルルロットの限界はこんなもんじゃねえだろ」
鹿のように長く立派な二本の角と一本の鋭角を頭部に生やし、蝙蝠のように発達した皮膜で羽ばたき空を飛ぶ飛竜。その中でも漆黒の鱗を持ち、放電器官を有する〈サンダーホーン〉が、紫電の如し速さで空を駆け抜けた。皮膜と翼の鱗から紫電の雷が迸る。
矢の比じゃない神速で空を飛ぶサンダーホーンの背には小さな少年が乗っていて、見事な鐙と手綱捌きを披露し竜を乗りこなしていた。否、乗りこなすどころか名前を呼びかけ首を撫でる余裕まで見せている。
「何処だトル坊、止まれ!!」
呼びかける声が聞こえる。少年の名である。
黒髪に紅い瞳、尖った耳を持つ竜人の少年の名を、トルルク。トロンカ族の長シガルロンドの子ルーシィと言う。
「止まれと言われて誰が止まるか……踏ん張れよ俺のシャルルロット。自由を奪われてたまるものかよ」
サンダーホーン――シャルルロットに急上昇の指示を出すトルルク。シャルルロットは短く二回嘶くことで了承の意を示し、急上昇を始めた。力強い羽ばたきでぐんぐん空を登り、そして急降下を始めた。自由落下に近い降下だが騎乗者のトルルクは勿論、シャルルロットも動じない。
あっと言う間に地面が近付き激突する寸でトルルクは手綱を強く引いた。逞しい翼で再び上昇したシャルルロットは、指示を貰うことなく落下のスピードを殺さず、そのままの速度で滑空する。
だがそんな芸当が出来たのは、ルーシィとシャルルロットだけ。
「ああ、くそっ」
追手のハーク&バンシーコンビは、近付く地面の恐怖に抗えず、引き返した。
「くそ。また逃げられた。……流石は族長の息子、か」
ハークの瞳には、サンダーホーンのシャルルロットと、その主人トルルクが映っている。僅か数秒目を離しただけなのに、もう豆粒のように小さい。果たして、己が若かった頃、ましてや10に満たない頃あれだけ飛べただろうか。
「老いぼれは1人。長に怒られるとするか」
雲の中へと消えて行くトルルクとシャルルロットを見ながら、ハークは顎髭を撫でバンシーに帰路を命じる。
トルルクはまだ10に満たない子供ながら、勇猛果敢な竜の乗り手である。トルルクよりも長くドラゴンに乗ってきたハークを糸も簡単に躱す実力。もはや天賦の才と言っても過言ではない。
ハークは、これからを夢想してにやけていた。
ドラゴンに乗る人を、ドラゴンライダーと呼ぶ。
中でも、竜人はドラゴンと共に生きドラゴンと共に死ぬ生まれながらのドラゴンライダー。竜人がトロンカ族は、飛竜と暮らす空の民。
常人は彼らをこう呼んだ。
「空の覇者」と。
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