一話 ドラゴンテイムを迎えるトルルク

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「ぎゃううう!!」 「う”う”う”う”!!」  牙を剥くサンダーホーンの雛と、唸るトルルク。  両者一歩も退くことなく、互いを睨み付け、睨み付けられ合う。  そして。 「ぎゃあァァア!!」 「うおおおおおおお!!!」  雄叫びを上げて両者共に激突した。  トルルクはサンダーホーンの雛の頭を押さえ付け、サンダーホーンの雛はトルルクを食おうと大口を開ける。  トルルクの拘束を振り切ると、サンダーホーンの雛は大口を開けて。 「がぶっ!」  トルルクの腕に噛み付いた。 「痛ってえ!」 「トルルク!!」  さしものシガルロンドも、息子を心配し声を荒げるが。  トルルクは普通じゃなかった。 「大丈夫!」  大丈夫と、トルルクは叫ぶ。  血は流れていない。雛のドラゴンに、鋭い牙はまだ生えていないからだ。  むしろご褒美である。あれほど憧れていたドラゴンに腕を噛まれているのだ。  喜ばない訳がない。  トルルクはかつて、そして今もドラゴンマニアのドラゴン狂いなのだから。  だが、それでも痛いものは痛い。油断すれば、骨も砕けるだろう。  このまま噛ませておけばこの雛に腕を喰われてしまう。そして、ドラゴンテイムは失敗と見倣されドラゴンにも。 「すうううううう!」  トルルクは深く深く息を吸い込んだ。  幼く小さいトルルクの体に大量の空気が吸い込まれる。空気は筋肉の糧となる。酸素は燃料だ。  未成熟な筋肉に、大量の燃料が焚べられ、筋肉が覚醒する。火事場の馬鹿力以上のパワーが、トルルクの小さい体に宿る。    サンダーホーンの雛の顎を掴むとトルルクは全力で引っ張った。    ベルセルク流呼吸法である。   種族の特性を活かすための呼吸。強靭な肺機能があるからこそ為せる技。 「ふんぐぐぐぐっ!」  がっちり閉じたサンダーホーンの雛の顎はこじ開けられ、トルルクは噛まれた方の腕を引き抜く。そして、サンダーホーンの雛を力いっぱいぶん殴った。  ドゴオオンと、金属を殴った様な音がして、サンダーホーンの雛は吹っ飛ぶ。  ドラゴンの骨は硬い。それこそ鉄のように。竜鉄という言葉が生まれるように。 「……ぐぎゃっぎゃっ!」  小さい体躯が殴り飛ばされたのに、サンダーホーンの雛は気絶するどころか牙を剥きトルルクを睨み付ける始末。  元気溌剌。弱る気配がない。 「想像以上にタフだ……産まれて2、3日の赤ん坊のくせに」  生態系の頂点に君臨してる訳だ。  だけど、トルルクめげずに威嚇する音でリッカーをカチ、カチカチカチ。カチ、カチカチカチと威嚇のリズムを打ち鳴らす。  リッカーを打ち鳴らしながら、半円を描くように歩く。 「カチ、カチカチカチ。カチ、カチカチカチ」  サンダーホーンの雛も、牙を鳴らしながら半円を描く。ドラゴンがケンカをするときの作法。  円を描きながら威嚇しあう。気迫と気迫のぶつけ合いだ。  実力に差があれば、ここいらでどちらかが引き下がる。だが、引き下がらなければ実力行使で相手を黙らせるしかない。  両者共に怒鳴り合う。 「がおおおおお!!」  トルルクは今出来る目一杯の威嚇をする。両手を広げ少しでも大きく自分を見せる。微塵も恐れず、己はドラゴンと対等なのだと胸を張った。  そして、殺気を目に込め、俺に屈しろと気迫を目線に篭めていた。 「ぐきゃおォォオオオオオ!!」  サンダーホーンの雛も負けていない。  幼いながらも、ドラゴンとしての本能が誇りと矜持を守れと囁いてくる。翼が無ければ牙も尻尾も角すらない生き物に負けてたまるか。  だが、しかし。 「グギャァァアアアアア!!!」 「ぬおおおおおおおおお!!!」  トルルクは怯むどころか、真っ直ぐにサンダーホーンの雛に飛び掛り、背中に飛び乗った。  サンダーホーンの雛は、背中の上のトルルクを振り解こうと暴れ回る。  絵面的には、子供が大型犬にしがみつく様な酷い画。しかし実際は、振り解かれないようにトルルクは、木にしがみつくコアラの様に四肢を絡み付かせてサンダーホーンの背中に取り付いている。  雛の小さな体躯からは想像出来ない暴力に負けじとしがみつくトルルク。  何をやっても振り解けない。  それを理解したサンダーホーンの雛は、抵抗をピタリと止めて大人しくなった。 「ふんっ」  トルルクは鼻息荒く、サンダーホーンの雛の背中から降りる。アドレナリンぷっばで、顔は赤いままである。 「ぐるる。くるるるるっ」  サンダーホーンの雛が頭を下げたことで、このケンカは終わる。ドラゴンは『序列』に生きる種族。ボスには忠実な生き物。  ドラゴンにとって背中を取られることは敗北を意味する。実力による序列を尊ぶ誇り高い種族ならば、サンダーホーンの雛はトルルクに屈する他なかった。  赤ん坊ながら、赤ん坊なりにトルルクこそ己がボスだとサンダーホーンの雛は理解したのだ。 「そこまで! ドラゴンテイムは成功だ! シガルロンドの息子は、サンダーホーンの雛を手懐けた!!」  トルルクを掬い上げると肩車をしてはしゃぐシガルロンド。とても、いつもの厳しい族長には見えない。我が子の成功を喜ぶ一人の親バカがそこにいた。  トルルクのドラゴンテイムを見物していたベルセルクたちも大興奮だ。  そしてドラゴンたちも、興奮していた。面白い余興が見れて満足気だ。そして、サンダーホーンの雛はトルルクと主従関係を結び、正式にトロンカの群れに加わったとドラゴンたちは判断する。 「俺の息子は勇敢だ! 勇ましく、思慮深い。サンダーホーン相手にちゃんと考えて、赤ん坊とはいえサンダーホーンと対等に戦って我が物としたんだ。俺たちの息子は天才だぞ、カンカム。あぁ、トロンカの一族は安泰だ! 尊き龍よ、感謝します! 俺たちに祖龍の導きを!!」  バイキングよりも厳しく、ドラゴンすら恐れるシガルロンドは、何度も何度も妻に息子の勇姿を褒め称えたらしい。その日、トロンカの集落には、遅くまで族長の上機嫌な声が響き渡ったとさ。
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