2.フェイ 

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 片手間でどうにか敵う戦況ではない。  フェイは、溜息を吐いた。  彼女は片手でスカーフを襟に巻くと、手早く結んだ。服の開きがこれで多少抑えられる。  「……正直かなり恥ずかしいけど……仕方ないですね。全力でお相手しましょう」  左側を前に真半身になり、鎌を『精製』する。刀と同様全てが黒く、刀身と柄の境目が見えないので、さながらカマキリの鎌のように見える。  右手は身体の陰に隠した。  なるほど、と雉沼は舌を巻く。片方の手から何が飛び出すのか分かったものじゃない。かといって前にある鎌を無視するわけにもいかない。  間合いの取り方に悩む構えだった。そしてその構えから垣間見える経験深さに戸惑いを覚える。  本当に子どもか?  いや、と彼は内心で己に喝を入れる。  俺まで気後れしてどうする。考えるべきは次の一手だ。  雉沼は戦況を進める為の一手を口にする。  「おい、認証をクリアして拳銃を取り出せ。ヤマはサポートしろ」 はっとした男が柱の近くにあったアタッシュケースに走った。指紋や網膜を読み取るリーダーが備えられている代物だ。  まずい——  フェイが男を止めようと動いた瞬間、雉沼の突きが迫る。手首の捻りで鎌を使い、右に逸らした直後、右手に隠していた鎌が跳ね上げた。  獅子が首に牙を立てて動きを止めるように、二つの鎌で上下から挟みこんでステッキの速度を抑える。  戻りを止められた!  驚嘆する雉沼にフェイは左の鎌を滑らせた。  左への腰の捻りに肩、肘、手首が連動する。重さと速度を兼ね揃え、鎌は高速で雉沼に迫った。  当たる。そう思ったフェイの眼前で雉沼は右手首を上に反らしてグリップをと静かに押し上げた。  石突が下に向かい、ステッキが斜にそびえ立つ。  軌道に重なり鎌が止められた刹那、雉沼はステッキの中程を左手で掴むと、グリップを素早く下へと引き落とした。  鎌がグリップに引っ掛かり、巻き込まれる。  雉沼は身体を後方に引き、鎌がフェイの手元から抜けてしまう。フェイが驚いている間に雉沼はステッキを縦に回してグリップの方を彼女に向けた。  左手を押し出す。  緩めた右手の上をステッキが滑り、グリップがフェイへと進行した。 速くはないが、無駄がないせいで反応が遅れた。  ギリギリで右の鎌で受け、距離を取ろうと下がってしまう。  瞬間、ステッキは再度回転した。  グリップが右手へと戻り、顎の下へと引き寄せられる。  フェンシングと銃剣道をミックスした動きだとフェイは悟った。懐に入られたら銃剣道の動きで追い立て、敵が距離を取ろうとした所でフェンシングの突き技で攻める戦法——  火に追い立てられるみたいに雉沼の右腕が真っ直ぐ伸びて石突が突き進んだ。前に置く右膝を深く曲げ、今度は眉間ではなく胸の下へと最短距離を駆け抜ける。  疾風がフェイの脇下を突き抜けた。  右足を背中に回して身体を開き、掠めながらも彼女は避けたのだ。  直撃はむしろ雉沼の方だった。  手槍。左手に『精製』していた70cm程の細長い杭のような槍がカウンターの形で雉沼に伸び、彼の右脇にめり込んでいた。  切っ先は潰していたので貫通はしないが、息が詰まるほどの激痛が彼を襲う。  手槍の硬さが解かれ、崩れ始めたので手を離し、鎌で止めを刺そうとして踏み込んだ。  そのタイミングだった。  プラスチックの擦れる音が聞こえ、それが銃把にマガジンが装填される音だと気づく。  次いで聞こえたのはスライドを引く際に鳴る調だ。  雉沼が唸り声を上げて体制を低くしながら突っ込んで来た。組み付かれるのはヤバいと判断したフェイは後方に跳ねる。  破裂音がフェイの左方面から響き、太ももに衝撃が弾ける。着弾したのだ。 痛みに呻きつつフェイは先程披露した身のこなしを発揮した。続いた二発目三発目は彼女の落とす影にのみ触れる。  近くの柱に転がり込んで火線を遮ると、フェイは着弾箇所を確かめる。痛みは未だに燻っていたが、銃創もないし血も出ていない。やはり、ゴム弾を装填しているようだ。  だからといって、脅威には違いない。  旅館で後れをとったのは演技やワザとではない。撃たれた瞬間、フェイは本当に動けなくなっていた。  トランクに入れられる頃には回復していたので、誘拐そのものは敢えてと言える。連れて行かれたのがカスイだったら、追いかけてヤクザ達を病院送りにしていた。  だが、撃たれて倒されたのは真実だった。頭か胸を銃撃されたら非常にまずい。  フェイが敵の位置を気にし、雉沼が荒い呼吸をしながら口角を歪めた。彼女のリアクションから、形成の逆転を確信した。  だがその確信も10秒足らずで潰えてしまう。  キラリと何かが飛来した。羽虫の羽の反射かと思った直後、ガラスの割れる小さな音と共に頭上の電光が完全に消える。
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