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明かりを消すつもりだと、雉沼は悟る。
飛来物はフェイの投げた礫だった。彼女は続けざまに投擲し、吊るされた電球を撃ち落としていった。
外の闇が屋内に浸水していく。残っていた光は一つ一つ闇の波にさらわれ、暗さだけが置き去りにされた。
「牽制でいいから撃ちまくれ!」
判断の遅いヤクザに雉沼が声を張り上げた時だった。
世界から光が消えた。視界の全てが利かなくなった。
つまり銃のメリットが消えたということだった。
視界が確保出来なければ、銃を使う意味がない。まず当たらないし、発砲してもマズルフラッシュで敵に位置を知らせるだけだ。最悪味方を攻撃することになりかねない。
身体の痛みを無視してステッキを持ち上げ、ふと、目が眩んだ。
眩い光が放り投げられ、地面を転がる。それはフェイが気絶したヤクザから盗んだ携帯端末の輝きだと気づくと共に、拳銃を持つ男の息を呑む気配が伝わった。
「ばか、撃つな」
雉沼は咄嗟に言ったが、彼の言葉は銃声に消される。パニックになった男は続いて投げ込まれた光にも銃口を向けた。
銃声にくぐもった声が重なる。ヤマが被弾して倒れたのだ。
「ヤマ? ああ、すまねぇ」
我に帰った男が上に銃口を向けた瞬間、銃身に叩き込まれた刀の一撃が拳銃を破壊する。
チクショウと喚き男は拳を闇雲に振り回し、フェイは手槍で彼の膝上を突いた。ぎゃ、と大きな声を上げて男は尻餅をついたところで光が灯る。雉沼が点灯していなかった明かりを点けたのだ。
見上げた男の前でフェイは右手に刀、左手に手槍を持っていた。背負い投げの動きで刀を振り下ろし、男の意識を呆気なく奪うと、呻いているヤマをチラリと見てから雉沼に向き合う。
「まだやりますか?」
フェイが尋ねると、雉沼は気概を見せようとしたが、先程の一撃が残した痛みが燃え盛り、身体は意思に反してふらついてしまう。
もう、満足に動けることは出来ない。
その上味方は全滅している。
「くそ……ここまでか」
ステッキを放り投げ、その場に腰を下ろす。全くやってられない。
フェイは軽く息を吐き、周りを見渡した。気絶から回復した者もいたが、動ける様子はなかった。
「骨折してる人もいます。早めに病院に連れていった方がいいですよ」
「記憶を消すんじゃないのか?」
雉沼が訊く。フェイは切り裂かれたキャミソールを器用に手槍で拾いながら答えた。
「よく考えたら、覚えて貰った方が得策だと思い直しました。私のような子ども一人に負けたとなれば、この人達にとって夏原旅館はリスクが高い案件になりますから」
刀を地面に突き刺し、右手で丸めたキャミソールをスカートのポケットに入れる。ブラにも同じようにした。
彼女は自分を撮影していたカメラを念入りに破壊すると、吊るされていた作業用の黒いレインコートを羽織り、刀を握り直して雉沼を見据えた。
「貴方も一応診てもらった方がいいのでしょうが、その前に訊きたいことがあります。免罪符のことや、消毒部隊のことです。一体何が起こっているんですか?」
フェイが一歩近づく。雉沼としてはかなり困った場面になった瞬間だった。
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