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2.フェイ
水汐が連れさられて30分経ってから、民間警察と救急車は夏原旅館に到着した。気絶から回復したカスイがどうにか連絡したのだった。
カスイの両親は無事だった。怪我をしていたが、命に別状はないとのこと。
両親は二人ともかなり抵抗したらしい。カスイの母はレスリングの経験者で将来を有望された過去をもっていた。セクハラしようとした指導員を半殺しにし、その上で賠償金をふんだくったことがある持ち主で、指導員を変えようとしなかった奴らに金メダルの実績を残したくないと公言して現役を引退した経験の持ち主だった。
彼女はかつての技量を出来る限り発揮した。そして彼女のタックルに犯人は反応できなかった。
だがスタンガンとゴム弾には敵わずに意識を失うことになった。
カスイの父は屈強な身体を使って抵抗したが、やはり敵の数と装備には勝てずに気を失ってしまったらしい。
二人が気絶したタイミングで、カスイと水汐はやって来て、結果水汐が男達に拉致されることになったのだった。
来てくれた民間警察にカスイは必死になって説明して、懇願した。助けてくれと。助け出してくれと。
水汐に何か起こる前に。
「犯人の目星もついてるんです」
カスイは目の前にいる雇われの警察官に訴えかける。彼がそれは誰ですか、と慎重な態度で質問し、彼女はすぐに答える。
「うちにいつもちょっかい出してくるヤクザ連中ですよ」
また記憶を……
夏原旅館の従業員への暴行が起きた際、奇妙な記憶障害が発生した。あの奇怪な現象を奴等が引き起こしたとしたら、先程の会話も成り立つ。
やり方は分からないし、カスイ自身まだ半分信じてないが、可能性は高い筈だ。
だが、警官の男の反応は否定的だった。
曰く根拠薄弱。あるいは荒唐無稽。
歯牙にも掛けない警官の態度にカスイは愕然としつつも、周りの道路は工事で封鎖されていたので、移動に手間取った筈だと、何か目撃したかもと詰め寄る。
だが、警官は首を左右に振った。確認したところ、通行止めを解除したのと同タイミングで車が来たことは覚えていたらしいが、車種も運転手のことも忘れてしまったらしい。
カスイは尚も食い下がり何かを言おうとしたが、今は休んでいるように言われ、話は打ち切られてしまう。
温度差を感じる。いや、彼からすれば他人事には違いないのだが、実際に目の前で話しを聞かされたら、多少は情が動くものではないのか。
まるで切り抜かれた記事を眺めるかのような冷静さがあった。音も匂いも、体温すら感じずにただ情報を処理するような感覚があった。
焦りが募り、しかし何もできずに二日経ったが水汐は見つからず、犯人からの連絡もない。
何もないことを祈るしかなかった。
水汐はまだ子どもだ。情をかけてくれることだってある。ましてや、欲望の対
象になるわけがないと、思い込もうとした。
だが、その考えが甘かったことを、カスイは水汐と再会した時痛感することになる。
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