2.フェイ 

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水汐にも意味が分かった。自分が逆鱗に一矢放ったことを理解する。 今までとは違う理由で表情が消える。まな板に置かれた鯉のような気分になった。 男の一人がタバコを地面に捨て、火を踏み消すとゆっくりと近づく。水汐は努めて無表情を取り繕うが、思わず身じろぎしてしまう。 「嬢ちゃんなんだろ? ヤマの奴を追っ払ったガキってのは。困るんだよ、そういうのは。何でかわかるかい?」 水汐は答えられない。ただ手を引き下ろそうとするが、きつく手首を縛るロープはびくともせず、皮膚が痛くなるだけだった。 男が更に近寄る。絶対的優位を確信するもの特有の余裕があった。カメラは男と水汐を交互に写す。 「ヤクザってのはな、メンツに命を賭けてるんだよ。それなのにお嬢ちゃんみたいな女の子に芋を引いたって思われちゃな、切った張ったで生きてくなんざ出来なくなっちまう」 男が懐に手を入れると、擦れる音を静かに鳴らす。出した手には大型のナイフが握られていた。 男は更に一歩迫り、切っ先を彼女に向けつつ空いている左手を伸ばした。彼の太い指が、襟から伸びる赤いスカーフの先端を掴むと、水汐とびくりと身体を震わせるが、それ以上は出来ない。 するりと、スカーフが解けた。抜け落ちた羽のように、風を泳いで足元に落ちる。 男がにやけ、水汐は見上げながら目線を強くした瞬間、右足を振り上げようとする。 だが不完全な体制だった為に、速度が出る前に男の手が伸びる。太ももを押され、蹴りになる前に封じられてしまう。 すぐに坊主頭が水汐の背後に回り込み、水汐の脚を抑えつけた。水汐が身をよじると、目の前の男が面白そうにナイフを鼻先に突き付ける。顎でしゃくると、背後にいた坊主頭が水汐の髪の毛を根本近くで思い切り掴み、埋もれている芋を抜くように遠慮せずに引っ張った。 頭皮からくる激痛に水汐は短く悲鳴を上げて仰け反った。 水汐が歯を食いしばると、目の前の鈍い光沢が鎖骨と鎖骨の隙間を滑り、襟元の中心に切っ先が滑り込んだ。 慄く水汐の前で、男が勢いよくナイフを落とす。 刃は、剃刀のように鋭い切れ味だった。 ボタンが弾け、布時が切り裂かれる。きれいに真一直線に裂かれて彼女の前面が開いた。白いキャミソールが露わになると、男は彼女の胸元に目を落とした。 水汐は緊張に身体を固くする。男たちの視線が下卑たものとなった。 羞恥心よりも、苛立ちが勝る。どいつもこいつも、子どもの身体に興味を持ちすぎて吐き気がした。 坊主頭が握力を弱めながら手を引いた。彼の指に絡まっていたシュシュが外れ、彼女の長い緑髪がパラパラと広がった。水汐は荒い息を吐き出し、男はその姿に興奮する。 「待て待て、免罪符の申請がまだだ。遊ぶのはいいけど、まだ本番まではやめとけよ」 忠告を受け、男はわかっていると笑う。 まただ。水汐はどうにか男達のやり取りに集中する。 また免罪符と彼らは発言した。 言葉通り受け止めるなら、罷免の証明書のことだが意味が分からない。 疑念に悩む水汐の細い顎先をナイフの背が撫でた。声が出そうになるのは我慢したが、反射的に身じろぎはしてしまう。 男が勝ち誇った表情を浮かべながら水汐を見下ろす。その邪な眼差しは水汐の胸元へ降り注ぐ。ナイフの腹で胸を撫でられ、水汐は唇を噛んだ。 よく写せとカメラマンに命令し、男が向き直ったところで彼女は質問を口にする。 「なんでそこまで、夏原旅館にこだわるんですか?」 切羽詰まった口調で水汐は尋ねた。訊くなら今しかない。 男は質問に顔をしかめ、水汐は更に続ける。 「私はともかく、夏原旅館のことは初めから狙っていた筈です。リスクだってありました。何故、ここまで固執するんですか」 「言ったろ、嘗められたら終いなのがこの稼業の性なんだよ。あと俺達はテメェの温泉を持つのが夢だったんだ」 周りから漏れる笑いに負けないように少し大きな声を水汐は出す。 「こういっては何ですが、夏原旅館にそこまでの利益があるとは思えません。あの土地を手に入れても、貴方方にそこまでの価値が——」 プツリと、キャミソールの肩紐が切られて口噤んだ。男は残った左の肩紐をナイフで撫でる。水汐は刀身の冷たさに顔をしかめた。 「……価値があるとは思えない。狙いは何ですか?」 「うるせぇ」 肩紐が呆気なく切られると襟の中心に刃が少し入って来る。水汐は歯噛みしながら男を睨んだ。 「それとも知らされていないのですか? 例えば依頼されただけで、目的は知らないとか」 男は鼻を鳴らし、ナイフをじりじりと落としていく。キャミソールが中心で少しずつ裂け、落ちる切っ先に引っ掛かった和装ブラのホックが千切れていった。 水汐は顔を険しくしながらも、何とか男を見上げる。 「使い走りだから知らない、ということですか?」 男はつまらなそうに舌打ちした。 「生意気言うじゃねェか小娘」 力が込められ、ナイフが降り落ちた。キャミソールが縦に両断され、流石に水汐も目を瞑ると、すぐに男は乱暴な手つきで布切れになったキャミソールを引き剥がした。 水汐の身体が無防備に揺れる。
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