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「只者じゃないとは思ってましたが、一体何者ですか?」
水汐は刀を『精製』し直し、片手で構える。伊達男はグリップの近くを右手で掴み、真半身の体制で石突を水汐に向けた。
「こちらはお前の正体を察せたよ。その能力と戦い方でな。あのフェイがこんな子どもだとは思わなかった」
「フェイ? 雉沼さん、何すかそれ」
近くに寄ってきたヤマが訊いてくる。伊達男こと雉沼は油断なく水汐を見据えつつ、乾いた唇を動かす。
「ある暗殺者の通称だ。体内の水分、鉄分を操作できる特異能力者らしい。それにより身体能力の向上と回復を行えると聞いたことがある。だが、何よりの特徴は気化・排出した水分と鉄分で即席の武器を作り出すというものだ」
ヤマが目を見開く。
「そんなこと出来るンすか?」
「俺も聞いた話だから理屈は違うだろうし、説明はし切れないが、重要なことは実際にそういったことが出来るということだ」
雉沼はステッキを少し高く持ち上げる。
「作った武器が鈍色をしていること、そして鉄の香りを漂わせて戦うことからつけられた仇名が鉄の元素記号であるFe(フェイ)という名称だ」
一旦言葉を止めると鼻で息を吸い、口で細く吐き出した。
「気をつけろ。奴の扱う武具は多種に渡る。古流柔術の動きで刀に鎌、槍まで使うとのことだ」
古流柔術は極めや投げだけではなく、武器の扱い方にまで波及していることがある。投げる動きで振り下ろし、担ぐ動作で振り上げたりする。
柔術事態が元々戦場で武器を失った際、甲冑を着た相手を制する為に発展した技術ということもあり、古流柔術には武具対策とその扱いを習得する流派もあった。
フェイが習得した古流柔術もまた、武具の扱いを前提にしたものだった。
水汐——フェイは薄く笑う。
「言葉が足りないですね。ロウ・ディフェンダーお抱えの暗殺者、という説明が抜けていますよ」
雉沼の眉間に険が宿る。フェイは一歩下がった。
「私のことを多少でも知っている、ってことはやっぱりロウ・ディフェンダーの所属ですね。消毒部隊ですか? それとも秘剣?」
「知る必要があるのか?」
躙り寄る雉沼に、フェイはもう一歩下がった。
「じゃあ一つだけ答えてください。今、忘却薬は幾つ持ってますか?」
目を細める雉沼。フェイは彼の反応に満足したと頷く。
「保険の為にここにいる全員分は用意されてるみたいですね。取り敢えずよかったです」
更に一歩下がったフェイが刀を地面に向けた。彼女は切っ先を回して落ちていたスカーフを器用に巻き取ると、刀を持ち上げスカーフを宙に舞わした。
地面に刀を突き刺し、右手でスカーフを掴んだ刹那、雉沼が己を矢にして飛び込んだ。
繰り出される突き技。
眉間に迫る石突をフェイは上体を右に捻って潜り抜け、同時に左手を服から離した。服が開く前に右手で掴み直す中、左手を大きく振るう。
左手が持つ鈍い反射光が宙に軌跡を書き殴った。
ロングフックで鎌のように湾曲したナイフ、カランビットナイフをぶつけに行く。
狙いは手元。指を砕こうと奔った一打は、しかし空を切るに留まった。
素早く、雉沼が手を引いたからだ。
直後に左から聞こえる火花の散る音。咄嗟に身をのけぞらせれば鼻先を掠めて電流の流れる警棒が通過した。
ヤマの一撃だった。突きの延長として棒を使う空手の技術を使ったのだ。
続けざまに放つ下段回し蹴りがフェイの足元を刈ろうと影を薙ぐ。
命中を確信した一発だったが、軌道上からフェイの足はするりと消え去り、驚愕しながら目で追えば、さながら中空を舞うイルカのように彼女がバック宙を披露していた。
フェイのつま先が天井を掠め、伸びる黒の毛先が広がった。
着地と共にもう一度舞い、彼女は間合いを大きく広げる。常人離れした身のこなしにヤマはすっかり気後れするが、雉沼の叱責に背筋を伸ばした。
「吞まれるな。避けたということは、攻撃そのものは効果があるということだ。奴のペースに巻き込まれるな」
フェイは浅く息を吐き、膝を柔らかく曲げつつ左手を顎の近くに寄せ、逆手に持つカランビットナイフの切っ先を雉沼へと向ける。
と、カランビットナイフが唐突にボロボロと崩れた。まるで消し炭の細工だったかのように塵となる。
即席だとやっぱり保たないな。
フェイは敵を観察する。雉沼とヤマ、それに腰を抜かしていた男もよろめきながら立ち上がっていた。
雉沼が活躍したせいで残っていた戦力が機能してきていた。数の利が活きてくる状況に移行しつつある。
雉沼を狙っても秒殺は難しく、もたついているところにヤクザの電気警棒の一撃でも食らえば気絶はしなくても動きは止まり、雉沼に倒される。
しかし周りの雑魚を倒そうとしたら、今度は雉沼が不意を突いてくる。
彼の突き技は鋭い。集中すれば対処は出来るが、一手遅れる状況で捌けるかどうかは試したくなかった。
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