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兄は全人類に優しいと言われている。
昔はそうではなかった。
「いや、俺そんな聖人じゃないから。同じ学校の生徒に親切にするのは当たり前だろ」
兄はお礼を言う人にこう言っているらしい。
「それに、下心がないわけじゃないから」
「えっ、……」
ここで、女子は少しドキドキする。
男子も頬を染める人もいる。
「俺には妹がいるんだけど、いつ誰にお世話になるかわからないだろ?俺に恩返しなんて考えなくていいから、いつか先で妹が困ってたら力になって欲しい」
恩人に至近距離で見つめられてそう言われて断る人がいるだろうか。
そこから、うっかり兄に恋心を抱いた人の中でも、話を広げようとして
「どんな妹さん?」
と聞いた人が、数人いたらしい。
ぱあっ、と顔を輝かせた兄は、一時間ほど妹自慢をしたらしい。
その上、告白してくれた人にはお断り。その理由は
「妹が結婚するまでは特定の女性と親しくなることを避けたい。妹を優先していたら彼女にも失礼だから」
だそうで。
なぜかそれがかっこいいと言われているのかは謎。
今日も中庭のベンチでお弁当を食べていると、兄のファンだという女子に話しかけられた。
瞳子は里菜とお弁当を食べるのが楽しみだったのに。別のクラスなので、二人の貴重な時間だった。
「あんなお兄さんがいて良いなあ。羨ましい」
そう言われて、ひきつった笑みを返した。
握りしめた箸が今にも折れそうだ。
「とーこ、とーこってば」
「はっ、つい。」
女子が去ってから、二人は顔を見合わせて笑った。
「相変わらず、というかパワーアップしてない?お兄さん。まあ去年みたいに中学校まで送り迎えよりマシなんじゃないの?
瞳子に抱きついて朝は別れを惜しみ、帰りはストーカーのように待ち伏せして。
今なら登下校一緒だし目も届くから束縛もマシなんじゃない?」
「……マシ?だと思う?」
三年生の校舎の窓から、手を振っている。
「瞳子~!!今日の弁当もありがとう!美味いよ!天才!いつも愛情こもった弁当ありがとう。手荒れは大丈夫か?明日は俺がサンドイッチ作るから帰りに買い物して帰ろうな!
愛してる!」
「うわあ」
「……あのバカっ……!」
瞳子はスマホを取り出し、高速で長文を打ち、
タンッと送信した。
「ごめん!瞳子!そんなこと言わないでくれ!」
泣いてる
「お兄ちゃんがふざけ過ぎた!反省してる!」
スタンプを送る
「悪かった!敬語長文やめて!」
全校で有名な安曇先輩は、今日も安定の妹至上主義だ。
三年生は生温く見守っている。
「安曇くん、いい加減にしないと妹さん彼氏できたらどうするの?嫌われるわよ」
「そんな勇者はいない。瞳子と1日三回以上喋った男は決闘だと伝えてある」
あ、これホンモノだ。
妹さん、無事に青春できるといいね、と外野は思った。
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