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秋刀魚を捌く
高三の秋。生まれて初めて魚を捌いた。
母が体調を崩し、その頃は1年以上私一人で家事をしていた。洗濯は嫌いだったが、料理に関しては元より嫌いではなく、母が健康な時にも時折していた。特別家事を苦だとは思わず、むしろいつか自立する時に備えられるありがたい期間だ、と考える私を、当の母含め周りの大人は少しだけ奇妙なものを見るように眺めていた。
その日は旬の秋刀魚を食べようと思い立った。
スーパーで尾の黄色い秋刀魚を2匹買い、俎に出し、さあ、と包丁を握ったところで、これまで魚を捌いたことがないと気がついた。
頭を落とし、腹を裂き、内臓を取る。家庭科の教科書か料理本かで読んだ。手順は知っている。わかっているのに、脳の中心に浮かぶのは「どうしよう」だった。
俎の上の秋刀魚はじっとこちらを見ている。どうして自分は今まで魚を捌いたことがなかったのだろう、と思いながら、その虚な眼を見つめ返した。
換気扇の音がやけにはっきり聞こえた。
自分が料理するしかない。眠っている母を起こすわけにはいかないし、起こしたとて今の母に包丁を握る力はない。
意を決して、秋刀魚の胸鰭の脇に包丁を当てた。ぐっと力を入れると、ゴリっとした感触が手に生々しく伝わった。半開きになっていた秋刀魚の口がぱくりと開いた。そのまま包丁に体重をかけると、口がさらに大きく開いて、ぴゅっと血を吐いたと同時に首が取れた。
ぎらぎら光る腹に刃を刺すと、ぷつりと皮が切れて途端に血が溢れた。俎はあっという間に血の海となった。
そうして内臓を取り、水で血を洗い流し、もう1匹も同じようにした。
フライパンの上で秋刀魚は首も臓も失って横たわっていた。私を見つめる虚な瞳は俎の上で血に塗れて転がっていた。
手を洗い、頭と内臓を袋に入れた。生臭くなりそうだったので、酢を吸わせたキッチンペーパーを袋に敷いた。それをごみ箱に捨てて蓋をし、俎と包丁を洗った。そしてもう一度、手を洗った。手を流れた温水の分だけ、手先が冷えていった。
それは秋刀魚の炊き込みご飯になった。眠りから覚めた母も、7時過ぎに遠くの職場から新幹線で帰ってきた父も、美味しいと喜んでくれた。
旨かった。
茶碗を洗い、風呂を洗い、手を洗った。
ごみ箱には秋刀魚の頭と内臓が入った袋と、骨があった。捌くときにはしっかりと身に結びついていた骨は、火を通すと呆気なく離れていった。肉は私たちの腹に入り、骨は捨てられた。
コンロの釜には炊き込みご飯がまだ少し残っていて、キッチンには魚を焼いた匂いが漂っていた。
私は換気扇を回した。
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