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火曜日
なんの進展もなかった昨日の失敗を踏まえ、僕は考える。
いくら手紙で宣言済みとはいえ、三澄さんだって告白をするには勇気がいるに違いない。
一年生の時からクラスが一緒でそれなりに仲が良い僕らだけれども、大半の時間はそれぞれ同性の友達と過ごしているから、二人きりでゆっくり話す機会なんてそんなにない。
ここは僕の方から、告白しやすいシチュエーションを作る必要があるんだ。
わざわざ予告してくれたのはきっと、僕に受け入れ態勢を整えてほしいというサインに違いない!
というわけで僕は今日、なるべく一人でいるように心がけている。
三時間目、音楽の時間。
いつもつるんでいる友達に「ちょっと用が!」と告げて一人で先に音楽室へと移動し、待機した。
数分後、ドアが開いた。
「早いわね、五木くん」
入ってきたのは三澄さん。周りには誰もいない。一人だ。計画通り。彼女も僕がこうすることを期待していたに違いない。
「うん、三澄さんも早いね」
彼女はにこりと微笑んで、隣の机に腰掛ける。紺色のスカートから伸びる白い脚が眩しくて、心臓にびりりと電気が走った。
二言三言、授業や学校のことについてたわいもない雑談を交わした後、三澄さんがこう切り出した。
「そういえば、五木くん。この前貸した本、読んでくれたかしら?」
「ああ、今読んでる途中」
三澄さんが言っているのは、彼女が先週貸してくれた数学の読み物だ。途中で難しくなって一旦放置してたんだった、と思い出しながら僕は続ける。
「まだ半分くらいだけど、読みやすくて楽しめてるよ。なんだっけあの、弓矢が出てくるパラドックス面白いよね」
「『飛んでいる矢は止まっている』ね。すごく不思議よね。直感にも反するし物理的にも間違っているのに、論理的に考えると飛んでいる矢は動かないことになる」
「そうそう。なんでこうなるんだろう、って混乱しちゃった。あれって、結局どうなってるの?」
「簡単よ……」
彼女は本に書かれているパラドックスについて説明してくれた。
——これが僕と三澄さんの、いつも通りの会話。彼女の数学についての雑学を披露し、僕はときどき低レベルな質問を挟みながら彼女の話を聞く。
正直言って彼女の講義は僕には難しすぎて、毎回その日の終わりには内容の九割が頭から抜けているのだけど、そんなことは全く問題じゃない。
大好きな数学の話をするときの、三澄さんの生き生きとした表情。それを見られるたびに、僕は天にも昇るような気分になるんだ。
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