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「……それでね、似たようなパラドックスに、『アキレスと亀』というものがあるのだけど……」
講義は続き、三澄さんはますます饒舌になる。
僕は頷いたり、わからない時には頭をひねったりしながら、彼女の話を聴く。
と、いつも通りの幸せな時間ではあるのだけれど。
今日に限っては、僕は次第に別のことが気になり始めた。
——告白、いつしてくれるんだろう。
三澄さんが僕に続いて早めに音楽室に来たのは、誰も見られない場所で告白するためだと思っていたのだけれど、違うのか?
結局そのうち、音楽室にはだんだん人が集まってきて、とても秘密の話なんてできる状況ではなくなった。
チャイムが鳴る。
「じゃ、続き読んだらまた感想教えてね、五木くん」
「あ、あのさ、三澄さん」
「何?」
「えっと……」
告白してくれるんじゃなかったの?
なんて訊く度胸は、さすがになかった。
「なんでもない! またね!」
三澄さんは手を振って、少し離れた自分の席に座る。
ほどなくして音楽の先生が現れ、日直の号令とともに授業が始まった。
僕は授業そっちのけで、三澄さんの思惑について思考を巡らせる。
きっと、三澄さんは、ほんとうはさっき告白するつもりだったのだろう。
だけどすぐに告白する勇気は出なかったから、初めはいつも通り数学の話をして、タイミングを見て切り出そうと思っていたに違いない。
けれど結局、彼女が意を決する前に他の人たちが音楽室に入ってきてしまい、彼女は告白を諦めた。
そこまで推測して、僕は決意する。
明日は、充分に長い時間、周りに声が聞かれない二人きりの状況を作るとしよう。授業前の二、三分とかじゃなくて、もっと、腰を据えて話ができるような。
そうすればきっと……。
明日は水曜日、週の真ん中だ。今度こそ、決着をつけるぞ!
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