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 地下鉄に向かう細い道に入ったところだった。  気づいたときには遅かった。俺の背には刃物が突き立てられていた。一瞬ののち、激痛がきた。俺はその場に崩れ落ちた。  見たこともない男が俺を見下ろしていた。  にやついた表情を浮かべている。 「お前はやよいにふさわしくない」  その男は言った。 「誰?」 「彼女の兄だ」  やよいが怖いと言っていた兄。 「母はやよいを疎んじていた。贅沢三昧をさせながら、少しも愛してはいなかった。だが、俺は違う」 「妹を?」 「俺は親父の連れ子だ。初めて幼いやよいを見たときにはもう、俺の心は決まっていたんだ。彼女を俺の伴侶にすると。あの美しい金髪にすっかり魅せられたのさ。母ももう歳だ。跡は俺が継ぐことになっている。そして彼女を妻に迎える」 「そのことを彼女は」 「もちろん。すでに母には隠して関係を持っている」  刺された場所がうねるように痛む。俺はしばし口がきけなかった。 「やよいは俺が幸せにする。母などさっさと隠居させてな。お前のような虫けらが現れては困るんだ」  やよいの本当の苦しみを俺は理解しつくしてはいなかった。そのことが情けなく、悔やまれてならない。  男─やよいの義理の兄─は、俺の背に突き立てた包丁をぐい、とねじ込んだ。自分が惨めであることよりも、俺はやよいの悲しみを思った。やはり、あの交差点のビル風が原因ではなかったのだ。そう思いながら、俺は息絶えた。
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