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 父の経営するホテルなんぞに俺は一度も泊ったことはない。父と義母と兄二人はたまに泊りに行っていた。とりわけ全国展開のホテルの中でもリゾート地にあるところへ。俺は世間の目がないところでは除け者だった。俺も慣れっこになっていたので、早くあの家を出たいという、ただそれだけを希望にして成長してきた。  だから、都内とはいえ父のホテルに行くのは初めてで緊張が走った。やよいの話を聞いてから俺は慌てて安物だが一張羅のスーツにウールのコートを着た。髪も整えた。やよいと歩くにはこの方が合っていた。 「敦史くん、別人みたい。かっこいい」 「人を見た目で判断する奴は大嫌いだ」  そういうと弥生は黙り込んでしまった。俺は急に気の毒になって、俯いた彼女の表情をうかがう。  彼女は左手を顔の近くに寄せて、薬指にはめたさっきの指輪をじっと見ている。はめる場所がちがうと思ったが、黙っていた。  総武線で目的地に向かう。あっという間だ。彼女はほとんど口を利かなかった。黙って半ば無意識に指輪をさすっている。鳥になりたい、馬になりたいというのは、おそらく彼女の本音だ。  俺は10年ぶり位に親兄弟に合うかもしれないことで、少々気が弱くなっていた。俺にやましいところは何もないにもかかわらず。
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