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14
中では学会が始まったようだ。すでに俺の兄貴たちもホールの中に去り、俺とやよいはエレベーターホールの前に立ち尽くしていた。
「中に入ってみるか」
俺は尋ねたが彼女はうつむいたまま首を振った。
「じゃあ、帰るか」
返事をしない。
しばらく立ち尽くしていると、休憩になったらしく、クロークの向こうの広間のほうに人が溢れ出してきた。俺は目を凝らしたが、兄貴たちの顔はない。もちろん、やよいの父だという紳士も。
「帰ろう」
自分でも意外なくらい優しい声が出た。彼女は唇を嚙みしめて、まだ振り切れない様子だ。
「この指輪を父がくれた意味を、子どものころから考えてた。鳥や馬になって、いつかは自分のところにやってこい、という意味だと思ってた。でも、それは甘い空想だったんだね」
「少なくとも君にこのリングをくれたときにはそういうつもりだったのかもしれない。でも、人の心は変わるから」
俺は正直に答えた。あの紳士の様子からして、今日本に残してきたおそらく不義の娘にとらわれるのは迷惑だとしか思っていないのだろう。
「あの人たちは、敦史くんのお兄さんなの」
「そう、腹違いのね。俺は非嫡出子で蔑まれて育った。高校を出るとすぐ家を出たんだ」
「いいな。早く私も家を出たい」
「数年の我慢だよ」
「もう、これ以上はいや」
「大げさだな。あっという間だよ」
そのとき、スカーフをつけた女性に声をかけられた。クロークにいた人だ。
「あの、弥栄さまでしょうか」
「はい」
一瞬だけ彼女の色素の薄い瞳が輝いた。
「預かり物です」
きれいな布に載せられたそれは、やよいのものより一回り大きい、鳥と馬を象ったリングだった。やよいの眼に涙が浮かんだので、俺はそれを代わりに受け取って彼女の手に握らせた。
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