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「え? 奥さんが完璧に家事をやってくれる?」
翌日、昼休憩のときに同僚に事情を話すと、彼は気の抜けたような声を出した。
「なんだよそれ。新婚のくせに暗い顔してるから心配してみれば。ノロケかよ、おい」
そう言って呆れた様子でコンビニ弁当に手を伸ばした。だがその目は、俺の手元にある総菜パンをチェックしている。
完璧とか言っといて愛妻弁当じゃないのか、という視線に心の中で反論する。
楓花さんが手を抜いたわけではない。彼女は弁当を用意すると言ってくれたが、それを俺が固辞したのである。
二人とも、今まで昼は外食だったのだ。結婚したからといって、無理して習慣を変える必要はないだろう。
「これは、ノロケ……っていうのかなあ」
「ノロケ以外のなにものでもないだろ。奥さん美人だったし、会社でも優秀で、しかも家事も完璧だっていうんだから。いきなり結婚決めたときはどうかしちまったのかと思ったけど、うらやましいぜまったく」
確かに、俺たちの結婚は突然も突然、交際ゼロ日の電撃的なものだった。
仕事一筋で部長まで勤めているバリバリのキャリアウーマンである楓花さんが、初対面で脈絡もなくプロポーズしてきたのだ。
お見合いでもなく、恋愛結婚でもない。お互いを知り合う過程をすっ飛ばして結婚した俺たちは、未だに意思疎通すらまともにとれないまま、毎日を過ごしている。
彼女は完璧主義者らしく、仕事だけでなく家事にも完璧を求めた。家庭の一切を切り盛りし、俺が皿洗いをすることすら許さない。
朝は味噌汁の香ばしいにおいで目を覚まし、青空にはためく洗濯物に迎えられる。隅々まで掃除された台所には、栄養バランス満点の朝食が用意されている。
俺がしている家事といったら、彼女がまとめてくれた家庭のゴミを、出勤途中で集積所に置いてくるだけだ。
おそらく、十以上も年下の俺に引け目を感じているのだろう。実際やってみるまで、年の差婚というものがこんなにも色眼鏡でみられるものだとは思わなかった。
けれど、別に悪いことをしているわけではない。俺までいわれのない弱みに付け込んで、すべて彼女におんぶに抱っこというのはしたくない。
そう思って、彼女が留守の間に洗濯物を畳んだり夕食を作ったりしたことがある。そうしたら彼女は、愕然とした様子で硬直してしまった。そんな彼女を見て俺も固まる、という不毛な展開を何度か繰り返して、今に至る。
「でもなあ、向こうは部長なんだぞ。俺みたいなペーペーに比べてどれだけ忙しいか。帰りだって俺より遅いし、それなのに何もしないっていうのは、なんていうか、いたたまれないんだよな」
「ふーん? そんなもんか?」
俺の悩みはどうやら理解しがたいようで、彼は首をかしげるばかりだった。そのうちこっちの部長の無責任さに話が変わり、そのまま午後の仕事へと別れた。
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