第3話 先輩の好奇心

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第3話 先輩の好奇心

 テスト期間が終了した。  先輩のことを俺は宥めすかし、ときには説得してときには激励することで何とか勉強をしてもらった。そんなことをしていたおかげで自分のテストの点数は芳しくなかったが、問題があるほどではないので良しとした。 「いやぁ、地獄の期間が終わってとてもいい気分だ。実在はともかく概念上の地獄というものの存在は認めざるを得ないというか、人々は認めるべきだね」 「学生は皆、認めてると思いますよ」  俺と先輩は部室での会話を楽しむ余裕を取り戻していた。地獄のテスト前週間とテスト期間を通過した先輩はまさに水を得た魚のように元気になっていた。  先輩がぱん、と手を叩く。何か話題を思いついたのだろう。 「君はマッチングアプリというものを知っているかな?」 「ええ、知っていますよ」 「マッチングアプリというのは……って、えぇ!? 知ってるのかい!?」  こっちが驚くほど先輩は驚いてきた。そんなに驚くことだろうか。  俺はスマホを操作。マッチングアプリを起動して画面を先輩に見せる。 「こういうのでしょう。俺も使ってますよ」 「しかも使ってるのかい!?」 「俺も年頃の男子高校生。彼女ぐらいほしかったので」  先輩の目はまんまるになるぐらい見開かれていた。こんなに驚かれたのは初めてだ。 「皆、結構使ってますよ。俺もクラスメイトに勧められて使い始めましたし」 「……わ、私はスマホさえ知らないおばあさんのような存在になってしまったのだろうか」 「はい」  首肯。といっても男女差は多少あるとは思うが。先輩はがっくりと肩を落としてしまった。  今更だが先輩がマッチングアプリ使ってても俺は先輩と同じ反応したと思う。確かにそれならこの驚きようも納得だ。 「というか君、友達いないって言ってなかったかい……?」 「一方的に話しかけてきてこっちが無反応なのに喋り続けるやつを友達と呼んでいいならいますね。俺は友達と認識していませんが」  ちなみに俺はそいつの名前も名字も知らない。本当は向こうも俺の名前、知らないんじゃないだろうか。そんなものは友達じゃないので俺に友達はいない。  先輩は「ふぅん」と言ってまたいつものようにパソコンに向か……おうとしてまたこっちに向き直った。  眼光が鋭い。まるで探偵のようだ。 「さっき君、彼女ぐらいほしかったので、と言ったね」 「はい、言いました」 「何故、過去形だったんだい?」 「彼女、できたので」  今度は先輩は椅子から立ち上がって「えぇー!?」と叫んでいた。 「君、恋人いたのかい!?」 「はい、います」 「どうして言わなかったんだい!」 「先輩と話す都合上で必要なかったので」  先輩はしばし驚いた顔のままでいて、それから真剣な表情となって「ふむ」と一言呟いた。そしてこっちに向き直ると不敵な笑みを浮かべ始めた。 「ふぅ〜ん、なるほどねえ。君には彼女がいたのかあ」  そう言いながら先輩が俺の周りをぐるぐると回る。俺の身体のあちこちを検査するように見つめながら。 「私には恋人というものができたことはないし、生まれてこの方、恋というものをしたこともない。どんなものなのかなあ、恋人というものは」 「はあ、どんなもの、ですか……」  俺は答えに窮した。なんと表現すればいいか難しいし言えることが少ないというのがある。  弁明しておくとそれなりにデート、というものには行った。商店街に行き、ウィンドウショッピングなるものもしたし、遊園地に行ったり映画館に行ったりもした。その間、お互いに無言ってこともなかった。喋ってはいた。喋ってはいたのだが……。 「何も、って感じですね」 「何も? 何もとは、何が?」 「特にこれといって感想がないんですよ。よくあるカップル像に合わせた行動をただなぞっただけで、楽しかったわけでも退屈だったわけでもなくて」  なぞった、という表現は自分で言っていて一番しっくりくる表現だった。それもそのはずで、相手と何かしたいと思ったことは大体がカップルじゃなければできそうにないことなのだから、それは標準的で平均的なカップルの行動と合致するのが自然だ。  それが何故、楽しくもなく退屈でもなかったのかは自分でもよく分かっていなかった。 「ふむ。退屈な答え合わせのようなものか」 「退屈ではなかったですけど、答え合わせっていう言い方は多分、合ってますね」 「なぁんだぁ、つまらないなあ。君が赤面するような、いつもとは違う面白い反応が見れるかと期待したというのに」  どうやら先輩は俺をおもちゃにしたかったらしい。 「残念ですがそういうのは何も」 「キスとかは? セックスはしたのかい?」 「そういうのもまだ何も」 「まだ、ということは今後行う可能性は?」 「ないとは言い切れませんね。それもカップルの標準的な行いなので」  先輩の質問に淡々と答え続ける。最後には先輩が「うーむ」と悩むような感じの声を出して尋問は終わった。 「じゃあそういう、更に一歩踏み込んだ実証を行ったらまた報告してくれたまえ」 「え、俺、報告義務あるんですか?」 「当たり前だろう? そんな面白い話を私にしてくれないっていうのかい?」  先輩はむくれた顔をした。  なんだか普通なら嫌がりそうな要請だったが、俺は不思議と嫌な気分にならなかった。 「分かりましたよ。そういう行為を実行したら感想をお伝えします」  俺が快諾すると先輩はにっこりと笑った。  椅子に座り直した先輩は早速パソコンを使って何かを調べ始めた。 「今度はどうしたんです?」 「いやあ、そんなに流行っているのなら私もやってみようかと思ってね」 「何を?」 「マッチングアプリさ」
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