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第4話 自分の違和感
「マッチングアプリを私もやってみようかと思ってね」
なるほど、と俺は納得。先輩は好奇心旺盛だ。俺から話を聞いて興味をそそられたのだろう。
先輩が使うとどうなるだろうか。先輩がマッチングアプリを使う様を想像してみた。
先輩は美人だ。俺にとっても美人だし、客観的に見ても美人だ。まず相手に困るということはないだろう。たとえ自己紹介文をクオリアの話で埋め尽くしたとしても、まず男は寄ってくる。見た目が良ければとにかく声をかける層もいるだろう。クオリアの話に惹かれてくる男は、どうだろう、いるだろうか。難しいな。
大部分の男はクオリアに興味ないとして、そんな男と会ったあとはどうなるだろうか。これもちょっと難しい。間違いなく先輩はいつもの調子で話すだろう。となるとありえる事象は2つだ。ドン引きするか、表面上は気にしないようにするか、だ。前者ならそれまで。後者だが……その場合、目的は身体になるだろう。先輩はホテルとかに誘われたらどうするだろうか。
「先輩」
「ん、なんだい?」
「相手の男にホテルに誘われたらどうします?」
「ホテルって普通のホテルかい? それともセックスする用のラブホテルってやつかい?」
「あー、厳密にはどっちでもいいんですけど、分かりやすく後者で」
先輩は椅子の背もたれに体重をかけながら「んー」と悩みこむ。
「正直分からないな。私は女なので様々なリスクに晒される側だというのは承知している。だがマッチングアプリなんてものを使うからにはそういう経験を実行してみたい、というのも本音だ」
なので、と先輩が続ける。
「やはり相手の印象によるだろうね。あまりにも危険そうなら避けるし、ある程度は安全そうなら誘いに乗ることもありうる」
「なるほど」
身体目的の男の場合、よっぽど馬鹿じゃない限りはそれ相応の容姿や対応を心がけるだろう。つまり、先輩がマッチングアプリを使った場合、身体目的の男が寄ってきてホテルまで行く可能性が高そうだ。
あるいは非常に低い確率でクオリアとかの話に興味のある男がちゃんと現れて、先輩とちゃんとした付き合いが可能になる。大体の事象はこの2つで尽きているだろう。
……普通なら勧めないな、これ。
だけど俺は先輩を止めるようなことはしなかった。先輩は知的好奇心が旺盛で、そこが良いところだ。頭も良くてリスクも承知の上なら、わざわざ止める必要はないだろう。
ただ、1つだけ気になることがあった。気にかかることがあった。どうしても無視できないことがあった。
それは先輩の身体がどこの誰とも知れないやつに弄ばれること……ではない。それとは逆の方、ありえない方、低確率だと自分で算出した事象の方だった。
つまり、万が一に奇跡的に先輩が先輩の趣味と合致する男とマッチングアプリで出会い、仲良くなるという事象の方が気にかかった。
何故気にかかったのか、それは自分でもよく分からなかった。先輩と同じように自分の思考を探ってみても答えは見つからなかった。
ただ確かなのは1つ。俺はその極低確率な事象が起こされることを、嫌だ、と感じたということだった。何故嫌なのかは分からなかったがとにかく嫌だった。
けどそんな正体不明で意味不明な感情を理由に先輩の知的活動を止めることはそれ以上に嫌だった。だから俺は先輩を止めたりはしなかった。
それから俺が本を読んだりスマホを弄ったりしている間、先輩はマッチングアプリについて調べに調べてスマホにインストールするまでに至った。なのだが、アプリを操作してしばらくすると、先輩は飽きたようにスマホを机に置いてしまった。
「どうしたんですか?」
「いやぁ、上手くいえないんだが、なんだかやる気が失せてしまってね」
「思ってたのと違いましたか?」
「そんなことはない。念入りに調査をしたからね」
ただ、と先輩は言う。あまり表情が明るくない。
「いざ実践しようとなると妙にやる気がなくなってしまったのだよ」
「やっぱりリスクがあるので怖いとか、ですかね」
「いや、怖くないのは確実だ。なんというか、魅力がないというか、好奇心が急にそそられなくなったというか」
どうやら先輩はまた悩むモードに入ってしまったようだった。
「まあそれならやらなければいいだけのことですよ。必須じゃないですから」
「それはそうなんだが、理由が気になってねえ。どうして急に……」
そしてまたいつものように先輩はぶつぶつ言い始めるのだった。
その様子を見た俺が安堵したのは言うまでもない。さっき嫌だと思った事柄が起こる可能性がきっちり0%になってくれたのだから。
だけど、と俺は更に思ってしまった。マッチングアプリだけが出会いの全てじゃない。出会いなんてものは、それこそ俺と先輩が出会ったように現実世界にだって無数に機会が転がっている。先輩が今後、例えば俺より先に卒業して大学へ行き、そこで俺よりも趣味の合う相手と出会う可能性はどうやっても0%にはならない。
「……嫌だな」
「何がだい?」
思わず俺は呟いてしまっていた。そしてそれを先輩に聞かれてしまっていた。
「あぁ、いや、何でもないです」
「気になるなあ。何が嫌なんだい? 何か嫌なことが? 私に話してみたまえよ」
先輩の提案は意義あるものだった。悩みがあるなら、正体不明の感情があるなら他人に喋って協力を乞えばいい。先輩ならきっと良い助言をしてくれるだろう。
「いや、ちょっと自分で考えてみます」
俺の口は俺の思考と全く逆のことを答えた。しかもこの言い方は先輩が絶対にそれ以上は追求してこないという確信がある言い方だった。先輩は自分の思考を他人に邪魔されたくない。それどころか邪魔になるであろう発言は全て耳に入らないようになっている。だから逆に、先輩は他人の思考を邪魔することは絶対にしない。
予想どおり「そうか、わかったよ」と言って先輩は自分の思考へと戻っていった。
何が嫌なのか。俺は俺で自分の思考の中へと沈むことになった。
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